渡辺恒雄
「日本の首相の靖国神社参拝は、私が絶対に我慢できないことである」 今後誰が首相となるかを問わず、いずれも靖国神社を参拝しないことを約束しなければならず、これは最も重要な原則である。・・・もしその他の人が首相になるなら、私もその人が靖国神社を参拝しないと約束するよう求めなければならない。さもなければ、私は発行部数1000数万部の『読売新聞』の力でそれを倒す。

膳所狒々新報

寒々冷え冷えとしたニュースコメントブログ:旧名「冷凍力の膳所狒々日記3」

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資料 サムライ嫌い 降旗 学

デキルヤツノ条件 9:サムライとだけは言われたくない 
2008年5月5日(月)09:00

 私は“サムライ”という生き物が大嫌いなニッポン男児である。

 嫌いなんです、お侍さんは。珍しいんじゃないでしょうかね、サムライが嫌いだなんていうやつは。でも嫌いなんです。自分でも変わったやつだなあと思うけど。

 何故かというと、戦国の世、彼らは戦をして人を殺し、相手の領土を分捕ることを生業としていたからだ。根っからの平和主義者なんだな、私は。

 では、何故、お武家さんたちが相手の領土を分捕る必要があったかというと 、当時、彼らには“お給金”というものがなく、石高で報酬を得ていた。これがいわゆる禄高。××何千石とか××何万石とか言いますね。だから、いまも“禄を食む”という言い方が残ってます。

 領主や藩主は、合戦でたくさん人を殺した家臣たちに論功行賞という名の殺人褒賞を行い、砂金や銀といった現物支給の他、加増というかたちで領地を与えた。ときには感状を与えたり、自分の名前から一文字を与えて改名することを許したりもしました。こちらは非常に安上がり。

 殺した相手が“大将首”や“兜首”と呼ばれる大物だとその首を切り取って持ち帰り、首実験と称して自らの殺人を証明してみせた。相手がそれほどの器でないと、たしか左耳を切り落として、やはり自ら人を殺した物的証拠とした。お侍さんたちはそういうことをしていたわけです。夏場の戦なんて大変ですよ。2週間もかけて国に戻ったとき、持ち帰った首はどうなってると思います?

 しかし、たくさん人を殺すことのできる優秀な家臣が増えると、てめえんとこの領地だけでは足りなくなってしまうので、領主や藩主はたくさん人を殺した優秀な家臣に分け与えるために隣接する他国に攻め入った、と。それがすなわち自国の勢力を拡大することでもあり、お侍さんたちにしてみれば、たくさん人を殺して他国の領地を分捕れば、それだけ出世もするし加増もされる、と。たくさんの人を殺し、領地を分捕ることで、藩主とお侍さんたちの“利害”は一致していたわけです。言うなれば、合戦というのは“侵略戦争”と何ら変わりがなかったんですね。

 だから嫌いなんです。サムライという生き物が。

 私がサムライという生き物が嫌いな理由はもう一つ……、もう三つかな。結構あるんだな、これが。

 合戦がはじまると、お侍さんたちはお百姓さんの生活や苦労を顧みようとしなかった。

 政(まつりごと)を司っておきながら、てめえらの思惑だけで好き勝手するんじゃねえよ、と私は言いたいだけ。百姓という言葉はとても美しい言葉だけど、お百姓さんが“百の姓”に従じなければならなかったのは、お侍さんたちが生殺しで搾り取れるだけ搾り取ったからでしょう。

 生活苦から一家心中しなければならない人もいたし、泣く泣く娘をお女郎屋さんに売らなければならないお百姓さんだっていたはずです。その娘たちを抱いていたのは誰ですか? あんたらじゃないんですか、お武家さん。ま、町人や職人さんも客にはなっていたでしょうが。

 織田信長、豊臣秀吉、“とくながみえやす(当コラム第3回目参照)”といった三傑の登場で天下統一がなされるが 、参考までに言っておきますが、戦乱の世に終止符が打たれたのは、関ヶ原の戦いとそれに続く大阪冬の陣・夏の陣で徳川方が勝利を収めたからではありません。島原の乱で、お侍さんたちが反乱分子とみなしたお百姓さんたちを“武力鎮圧”したのが最後の戦。原城址にこもったお百姓さんたちが皆殺しにされて以降、およそ250年の長きにわたり日本から戦はなくなります。その頂点に君臨したのが徳川一族です。そうなのです、徳川さまは偉大なる将軍さまなのです。偉大なる将軍さまも、21世紀には自分がクイズに出題されて“とくながみえやす”と答えられるとは思ってもなかったことでしょう。

 都が江戸に移され、日本から戦がなくなると、それまで人を殺すことを生業とし、戦を出世の足がかりにしていたお侍さんたちは、体裁だけにこだわる“えぇかっこしぃ”に変貌を遂げてゆく。刀という人を殺す道具を“武士の魂”だなどと言い出し、使う機会もないのに後生大事に持ち歩くか、観賞用に愛でて喜ぶ数寄者になる。

 平和な時代の到来は21世紀の現代でも求められるところだが、泰平の世は、人を殺すことを生業にし、戦を出世の足がかりにしていたお侍さんにはたいへんな時代でもあった。戦がないということは、腕に覚えのあるお侍さんより、算盤や書類の作成を得意とするお侍さんのほうが重用されるからである。槍一本でのしあがった時代は終わったのだ。

 すると、剣術は不得手でも、頭脳明晰なお侍さんがどんどん出世してゆく。事務方と呼ばれる仕事で、いまで言えば政務官や事務官といったところか。文官タイプの武将のさきがけは石田三成になるそうです。出世が望めなくなった無骨なお侍さんたちは“武辺”と見栄を張っちゃって、武士道とかいう形式美に縋りつくしかなかったわけですが。滅びの美学とか言っちゃってね。勝手に滅びてなさい。今日の私はちょっと過激。だって嫌いなんだもん、サムライって。血を分けた親子や兄弟どうしで殺し合う人種など、好きになれるわけがありません。

 しかし、そこはそこ。お武家さまには“世襲制”という、とっておきの切り札があった。ご先祖さまが頑張ってたくさんの人を殺してくれたおかげで、どんなぼんくらな末裔でもそれなりの地位と役職と生活は保証されていた。抜け目がありませんな、お侍さんというのは。

 彼らにとって、何よりも重要視されたのがお家の大事。藩の安泰です。我が身においては跡取りと家の格。そして閨閥、あるいは権力者との縁故、結びつき。逆に、彼らが何よりも恐れたのが、家臣すべてが失業することになるお家断絶とお取り潰し、そしてやっぱり自分が失業することになる改易。改易というのは、所領、家禄、屋敷を没収されることです。いまでいう解雇です。

 お侍さんというのは、自己保身に長けた生き物を言うのだ。こんな連中がくだらない身分制度のトップに居座り、国や地方を治めてたんですよ。お百姓さんの生活なんか眼中にあったんだかなかったんだか……、おそらくなかったでしょう。身分にこだわり、家督とか、自分が失業しないことにのみ生涯を費やしてたんだから。

 思い当たりませんか? お侍さんたちに非常によく似た人たちに。

 その人たちは頭脳明晰で、ときにエリートと呼ばれます。ですが、案外と打たれ弱く、鎖国が井の中の蛙を育てたように、諸外国のエリートを相手取るとまともな議論もできず、相手の言いなりになって帰ってきます。それでいて、とかく体裁や体面にこだわり、プライドが高く、自分が失業しないことにのみ留意するばかりか、在職中に天下り先の確保に奔走します。年貢として取り立てたお米は、お百姓さんが汗水垂らし精魂込めてつくりあげたものだという意識の欠片もなく、また自分の懐を痛めることもなく、なくなったらまた取り立てりゃいいやという感覚で湯水のごとく使う人種です。

 いますよね、こういう人たち。

 やたらと世襲にこだわる人たちもいます。やっぱりお侍さんと同じで、政にかかわっている人たちです。世襲のために政にかかわろうとするところもお侍さんと一緒。お侍さんが切腹したのは、腹に黒いところがないことを証明するためでもありましたが、こちらのお腹は真っ黒くろすけ。日本にはいっぱいいます。二枚どころか、舌もいっぱいお持ちのようで。

 だから 、というわけではないけれど、私はサムライというものが嫌いなのだ。

 サムライを英雄視する風潮もあまり好きではない。大地を耕し、作物を育てたお百姓さんのほうがよっぽど立派なことをやってきたと思うのだけど。

 超常現象が下火になったかと思ったら、ここ数年はスピリチュアルブームらしい。

 私は、霊魂も幽霊も守護霊も前世も信じていないが、もし前世というものがあるのであれば、履き捨てられた草鞋だとかオマルの生まれ変わりというのはちょっと困るが、サムライと言われたらもっと困る。そうしたら絶対に前世なんか信じない。何十億年前のミトコンドリアだと言われたら完全に信じるけど。

 できるなら、前世はお百姓さんであってほしいと思っている。私が歯を食いしばって生きているのは前世のお百姓さんの粘り強さが受け継がれたからなのですよ、なんて言われたらちょっと感動するかも。あるいは簪職人とかね。粋でモテそうだし。私は市井の人でありたい。貧困や困窮につきまとわれても、そこに小さな幸せを見出せる人間でありたい。

http://news.goo.ne.jp/article/nbonline/business/nbonline-154823-01.html
9:サムライとだけは言われたくない
2008年5月2日 金曜日 降旗 学
サムライ  武士  侍  世襲   さて、ここで、ある狂言師の話をすることにしよう。

 う~む、やっぱり前置きが長くなってしまったか。読者はもういい加減に馴れたんじゃないかと思うけど。それとも、毎度のことで、もう苦言を呈するのもばからしいとか。そういえば、いつぞやの回ではすさまじい数のコメントが寄せられたのに、何故か1件も“前置きが長い”という内容がなかったな。このスタイルがようやく認知されたってことなんでしょうか。んなことはいいから早く話を進めろ、と読者の声が聞こえてきそうです。

 私がその狂言師に会ったのは、10年ちょっと前のことだ。

 雑誌のインタビューで、編集部はホテルのスイートを押さえていた。これは当たり前によくある話。約束の時間を10分近く遅れてきた彼は、入室するなり、挨拶もせずにレストルームへ直行した。

 年齢は私より2つ下。だから昭和41年の生まれだ。挨拶もしないのは無礼な話だが、腹でも黒いのか……、もとい、腹でも壊しているのであればしょうがないと思ってレストルームのほうに目をやると、ドアは全開。彼は鏡の前で、乱れたお髪をせっせとなおしていた。

 感じ悪いやっちゃなー、が私が受けた第一印象。誰だってそう思います。

 だが、私の直感は間違っていなかった。彼は、インタビューの中で、自らを“サムライ”にたとえた。正しくは、狂言師という仕事を、だが。

 いるんですよ、自らをサムライにたとえたがる輩。もののふとか、さっきも書いた武辺なんて言葉を使ってね。特に政治家のセンセイ方は好んで自らをサムライにたとえたがる。ばか……、もとい、特権意識丸出しですな。私は百姓の代弁者だと言えばもっと票が取れるのに。農作は国の礎ですよ。ねえ、ばか……、もとい、特権意識丸出しのセンセ。

 こちらの狂言師もその類だった。

 彼の口からサムライという言葉が飛び出したのは、こんな感じだ。

「ぼくたちは子供のころから舞とか型を習ってるから、しっかり身についてるんですよ。むかしからの習わしでね、歌舞伎役者が教わりに来るくらいなんです。××××なんかも習いに来てました。そういうのに稽古をつけてやるのも狂言師の仕事で、要するに歌舞伎役者は基本ができてないんですよ。ぼくたち狂言師がサムライだとすると、歌舞伎役者は河原乞食というかね」

 こんなことをのたまうのである。

 伏せ字には有名な歌舞伎役者の名前が入ります。彼のお父さんに稽古をつけてもらっているのを見たとのことですが、彼より二まわりも年上の役者さんです。彼は、当然のように呼び捨てでした。そりゃそうだわな、お侍さんからすりゃ。

 お前さ、伝統芸能とか言ってるけど、狂言師なんてのは早い話が中世の“お笑い芸人”じゃないか、と喉元まで出かかった言葉をごっくんと飲み込む私だった。狂言というのは、もともとはいまで言うコントなんですよ。だから道化役を“狂言まわし”と言ったり、嘘や戯れ言を“狂言”と言うのです。

 政治家を筆頭に、自らをサムライにたとえる輩にろくなやつはいないと思っている私だが、この狂言師もやっぱりろくなやつじゃなかった。覚えといてよ、挨拶もせずにお髪をなおしに行ったこいつの性格。このあともっとすごい無礼さが出てきますんで。

 不快なやつではあったのだが、インタビューそのものはとても面白いものだった。これはほんと。私も能や狂言、歌舞伎を観るのは好きだし、知らない世界を知るのは楽しいことだ。彼の性格はさておき、私なりに満足のいく取材はできたと思っていた。

 問題は、私がそれを記事にまとめたときのことだ。

 その編集部では、原稿に本人のチェックを入れる方針を取っていた。内容の確認はもちろんだが、専門用語とか表記に間違いがないようにするためで、企業などを取材すると、まずもって広報部からは事前に原稿を見せてくれと言われる。

 私は見られて困るようなものを書いたつもりはないので、どうぞ、と披露するが、ときおり、ここを削ってくれ、ここをこう書き直してくれ、とコマーシャルコピーのような文言(私にはとても恥ずかしくて書けない歯の浮くような美辞麗句)や新商品をずらりと加筆して返してくる広報部もある。商売熱心なのはわかりますが、そういうのはたいがい無視しちゃいます。広告料をもらってるわけじゃないんだし。ついでながら、大手にかぎってそういう露骨なことはしないものです。

 政治家を筆頭に、不祥事を取り上げるような場合だと、事前に記事を見せることはまずしないが、必ず取材段階で質問状を送るなりし、それでも取材拒否となれば、周辺取材をし裏をとったうえで、次週こういう記事が載ります、とあらかじめ通達はする。取材は拒否しておきながら、記事になると知って慌てて出版差し止め請求をするような情けない政治家はたくさんいますが。

 芸能人のスキャンダルだってそうですよ。一応、お知らせはするんです。辻斬りのお侍さんじゃないんだから、後ろからばっさり斬るような卑怯な真似はしません。一般の方はそのあたりを大きく誤解されているみたいですが。

 自らをサムライにたとえた狂言師にも原稿は事前に見せるという約束をしていたし、私も見られて困るようなものを書いたつもりもないので、どうぞ、とマネージャーさんだか付き人さんに原稿をファックスしたのだが(当時はまだファックスで原稿のやり取りをしていました。何しろ10年ちょっと前のこと)、翌日、本人の手が入った原稿がファックスで返信されてきた。当時はまだファックスで原稿のやり取りをしていました。何しろ10年ちょっと前のこと。

 すると、原稿のほぼ中央に、クレヨンで書いたかと思われるような太字で線が引いてあり、余白の部分には自らをサムライにたとえた狂言師の、非常に乱れた直筆の文字でこんな添え書きが書かれていた。

『言ってもいないことを書くな、バカ』

 ほほぉ、言ってくれますな――、などと悠長に構えているほど私も暢気ではない。

 ほほぉ、言ってくれるじゃないか、とすぐさま自らをサムライにたとえた狂言師のマネージャーさんだが付き人さんに電話を入れた。不思議なもので、人間というのは本当に頭にくると、何故か冷静になれるものだ。

 自らをサムライにたとえた狂言師のマネージャーさんだか付き人さんが電話口に出る。

 2点ほどお伺いしたいんですが、と私。こういうときの口調は慇懃ですよ、私。

「まず、この“バカ”ですが、どういう意味なんでしょう?」
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20080501/154823/?P=2

9:サムライとだけは言われたくない
2008年5月2日 金曜日 降旗 学
サムライ  武士  侍  世襲   ここで、もし、このマネージャーさんだか付き人さんだかが、バカというのは愚か者とか阿呆という意味ですが、ご存知ありませんでしたか、というような受け答えをしたら、私などは、さすが付き人とはいえ主は中世でいうところのお笑い芸人、参りました、とシャッポを脱いで矛を収めただろう。だが、残念ながら、中世でいうところのお笑い芸人の付き人をしていながら、この方にはユーモアのセンスはなかったようだ。感覚としては、バカ……、もとい、若殿の近習か何かのつもりなのだろう。

 私は、このマネージャーさんだが付き人さんにも腹を立てていた。
 たとえ主が“バカ”と書いたとはいえ、これをそのまま送りつける神経に、である。

 礼節の問題である。大人の社会常識でもある。そんなことは子供でもわかる。もしかしたら、主に、このまま送れ、と命じられていたのかもしれない。主の言いつけに逆らえないとしても、あまりにも配慮というものがなさすぎる。

 実を言うと、バカと書かれたことがいちばんの問題ではない。カチンとはきましたがね。ふつうの社会では生きていけないやつらなんだ、と思えば激昂するほどのことではない。問題は、もうひとつのほう――。

「この、言ってもいないこと、ですが、どういう意味なのか、ご説明いただけませんか」

 自らをサムライにたとえた狂言師が“言ってもいないこと”というのは、私が原稿に書いたことだ。彼は子供のころから父親に稽古をつけてもらっていたが、覚えが悪かったり型を間違えたときはすぐに父親の手が出たそうだ。ときには扇子が飛んでくるようなこともあったらしい。小学3年生とか4年生のころの話だったと思う。

 その話を聞いたとき、いけ好かないやつだとは思いながらも、やっぱり芸の道というのは厳しい世界なのだな、と素直に感心し、私は、彼の“言ったとおり”のことを書いた。彼のことはいけ好かないやつだとは思いながらも、ちょっと見直してもいた。

 私は取材内容をすべて録音していた。それを全部おこしたうえで原稿にしている。言ってないわけがないのだ。刷り出したデータにも書いてあるし、テープを聞き返せばすぐにわかることだ。それとも、私が幻聴でも聞いたか。

「わかりました。では、ここに取材を録音したテープがありますから、これから持参いたします。担当編集者にも来てもらいます。××さんにもお越しいただきたいのですが、よろしいですか」

 伏せ字には、もちろんこの狂言師の名前が入ります。

 すると、マネージャーさんだか付き人さんは、いや、今日はちょっととか予定がどうのこうのとごにょごにょ言う。

「でしたら、いつがよろしいでしょう。私はいつでも構いません。ご都合のいい日時をご指定ください、その時間に伺います」

 なぁに、お手間は取らせません。再生ボタンを押せば、すぐにその部分が出るようにしておきますから、というようなことを私は言ったはずだ。マネージャーさんだか付き人さんもつらいだろうな、こっちの手許にはこれ以上ないくらいの証拠が残ってるんだから。

 そこでだめ押し。

「いいですか、これだけははっきり言っておきます。もし、××さんの言われるとおり、私が言ってもいないことを書いて迷惑をおかけしたのであれば、土下座でも何でもします。ですが――」

 こういうときは、ここで間をおくのが肝要だ。

 自らをサムライにたとえた彼も、狂言には間が大事だと言っていた。背中に桜吹雪でも彫ってあったら絵になっただろうな。おぅおぅおぅ、この桜吹雪が目に入らねえか、とか言っちゃって。天地がひっくり返っても、親からもらった大事な身体に彫り物なんか入れられませんけどね。ちなみに、遠山の金さんが背中に彫っていたのは髑髏(されこうべ)の図柄だったとのことです。

「私の言っていることが正しかった場合、たとえ人間国宝のご子息でも謝罪は要求しますよ。これは、私の仕事に対する侮辱だからです。これだけはご本人にお伝えください」

 で、いつ伺ったらよろしいでしょう、などと猫なで声に切り換える私。

 こういうことを書くから、私は読者にクレーマーだと決めつけられる。だが、侮辱されて黙っているほど私はお人好しではない。ついでに言えば、私怨でこの原稿を書いているのでもない。こういうことまで書かないとわからない読者もいるようなので。

 結果として、この件は編集者が真ん中に入って“手打ち”となった。

 彼が父親の厳しい指導を受けたという数行を割愛し、別のエピソードを書き加えることで最終原稿とした。自らをサムライにたとえた狂言師本人はもちろん、マネージャーさんだか付き人さんからもその後の連絡はなかったが。私が電話口で伝えたことも、おそらくは本人の耳に入っていないだろう。

 ――という出来事を踏まえて、ここである歌舞伎役者の話をしよう。

 これから本題に入るわけではありません。締めのくだりです。自らをサムライにたとえる狂言師に“河原乞食”と揶揄された梨園のお話です。

 この歌舞伎役者の名前は出してもいいだろう。市川染五郎という青年です。松本幸四郎のご子息で、女優、松たか子の兄。

 彼のインタビューも、自らをサムライにたとえた狂言師と同じシリーズでやったものだった。ちょうどいまごろと同じ、風薫る季節のことだ。そのとき、彼は、大阪の道頓堀にあった中座(いまはありません)に出演中で、インタビューは昼の部の公演を終えたあとに行われた。

 日のあるうちにトビラに使う写真を撮っておこうということになり、道頓堀と戎橋で私たちは撮影に臨んだ。すぐに人だかりができる。私と編集者で交通整理のようなことをやっていたのだが、気がつくと市川染五郎本人も通行人に頭をさげていた。

「すみません、ご通行の邪魔をして。すぐに終わりますから」

 本来なら、彼はファインダーに向かってポーズをとっていればいいのだ。
 その彼が通行人に頭をさげる姿に私は感動していた。彼は、それほどの好青年だった。

 それだけではない。取材は彼がよく休憩で使うという喫茶店でやる予定だったが、あいにくとその店では撮影の許可がおりなかった。インタビューカットも必要だったのである。やむなく他の喫茶店を探したが、なかなかいい店がない。おまけに、私も同行の編集者もカメラマンも大阪の地理には不案内ときている。機転のきかないぼんくら揃いなのである。

「そういえば、この前、××さんと一緒に入ったお店があったな。あそこだったら雰囲気もいいですよ。ちょっと歩きますけど、ぼく、先に行ってそこで取材できるかどうか訊いてきます。ここを真っ直ぐ行って、二つめの交差点を右に入ったとこだったと思うんで、ゆっくり歩いてきてください」

 そう言い残すなり、彼はもう駆け出していた。

 慌ててあとを追ったが、重い機材を担いだカメラマンが追いつかない。カメラマンというのは頑固なやつが多く、こういうときでも機材を他人に預けようとない。何故なら、カメラは彼らの商売道具であり、命だからだ。

 結局、私たちが追いついたとき、彼はもうお店との交渉を済ませていた。

「ゆっくりでよかったのに……、あ、ここ、撮影してもいいですって」

 ぼんくらなライターとぼんくらな編集者と頑固なカメラマンは、本来なら私たちがやらなければならないことまで彼に押しつけてしまった。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20080501/154823/?P=3
9:サムライとだけは言われたくない
2008年5月2日 金曜日 降旗 学
サムライ  武士  侍  世襲   それほど多くはないが、私もそれなりに芸能人は取材してきた。横柄だったり、テレビで見るのとはずいぶん態度が違うなと思うような人のほうが多かったが、彼のような芸能人は初めてだ。自らをサムライにたとえ、歌舞伎役者を“河原乞食”と呼んだあの狂言師とも違う。

 河原乞食とは、もともと歌舞伎役者を蔑んでいう言葉ではある。広辞苑にもそう書いてある。だから、あの狂言師の物言いは日本語として誤りではない。だが、分別あるはずの大人が、人を蔑む言葉をもろに使うのは人としてのたしなみに欠ける。思いやりに欠ける。人間性の問題だ。お里が知れます。

 それがどこからくるかと言えば、バカ……、もとい特権意識丸出しの驕りや思い上がりからだ。狂言こそが伝統芸能であり、歌舞伎もまた立派な伝統芸能のひとつであるというところにまで考えが及んでいないのだろう。他人を敬えないのだ。いるんだな、そういう不幸なやつ。

 もしかしたら、あの狂言師の頭の中には、まだ“貴賎”の概念が息づいているのかもしれない。そうでなければ、自らをサムライになどたとえられるわけがない。無名のライターが書いた原稿に、平然と“バカ”と書けるのも、おそらくはそういうことなのだ。

 仕事に貴賎はない。どんな仕事にも、崇め、尊び、払うべき敬意というものがある。

 人の仕事を尊重できないやつが、どんなに見事に中世のコメディを演じようと、そこに心がこもっているはずがない。ビジネスも同じだ。どんなに業績を伸ばそうが、人を敬えず、他人の仕事を認められないやつに、周囲がついていくわけがない。その人には、“人望”というとても大切な武器と魅力がないからだ。

 人を動かす力というのは、権柄尽くでモノを言うことでも命令することでもない。自らが動いて、初めて人を動かせるのだ。自分は動くことなく、ただ威張り散らすだけのやつを暗愚という。他人の気持ちに思いを馳せることのできないやつだ。世襲や保証された身分に胡座をかき、他人を見下すやつを夜郎自大という。バカ……、もとい、特権意識丸出しで、何をやっても許されると思っているやつのことだ。

 自らをサムライにたとえた狂言師と、その狂言師に“河原乞食”と蔑まれた歌舞伎役者の2人がとった態度や行動から、私たちは、人としてどうあるべきかを学ぶヒントが大いにある。と私は思っている。

 どちらになりたいかと訊かれたら、私なら間違いなく威張り散らすほう……、じゃなくて、偉くなっても率先して動ける人間を選びたい。部下や後輩ができれば、上の者は自らを規範に示さなければならないからだ。後輩とドトールコーヒーなんかに行くと、金を渡して、ぼくコーヒーね、などと平気で言っちゃいますけど。でも、これは意味が違う。

 偉くなっても、人を見下しちゃいけない。

 偉くなくても、人を見下すのはいけない。礼節や人の仕事を敬う気持ちを忘れちゃいけない。収入が増えたら後輩に奢るのはいいけれど、驕ってはいけない。驕りは人品を卑しめる。“天狗のおじちゃん”は演じても、天狗になっちゃダメだ。

*   *   *

 ついでながらに申しあげておけば、私は“お豆腐主義”を謳う茂山一家のファンです。

 茂山一家は、乞われれば、ところ厭わず町の公民館でも体育館でも狂言を演じました。

 能楽堂以外の場所で演じる彼らは、ご同業の狂言師たちから「豆腐屋みたいなやつらだ。呼ばれればどこへもほいほい出向く」と陰口をたたかれました。どんなやつらが口にしていたかは申しません。お豆腐屋さんという職業をバカにしているやつらです。自らをサムライにたとえたりするから、そんな考えになってしまいます。

 しかし、“豆腐屋”と揶揄された茂山一家はそれを逆手に取り、一家のスタイルを“お豆腐主義”と名づけました。お豆腐屋さんだから、彼らは声がかかればどこへでも出向きます。もちろん、予算交渉等はあるでしょうけど。

 日本の伝統芸能を広めるために海外で公演される狂言師も立派ですが、爺ちゃん婆ちゃんを相手に田舎の公民館で狂言を披露する茂山一家のプロ根性を、私は見習いたいと思っているのです。だって、人間国宝が惜しげもなく町の公民館で演じていたのですもの。

 ついでのついでに繰り返し書き記しますが、私は私怨なんぞでこの原稿を書いたわけではありません。お侍さんが嫌いな性分ゆえ、自らをサムライにたとえるやつにろくなやつはいないとは思っておりますが。

 あくまで、一例として態度と行動が好対照だった2人を取り上げたまでです。あくまで、10年前の話ですが。
 ここまで書かないとご理解いただけない読者もいるようなので。

(文中敬称略)
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20080501/154823/?P=4




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冷凍力

  • Author:冷凍力
  • ニュース・コメント・ブログ「膳所狒々新報」主筆。
    立ち位置は外交安保教育刑事分野で右、社会経済分野で左。
    一応貴族で爵位は猴爵およびシーランド公国男爵。
    膳所の某所山奥に在住の好色酒好き秘湯ヲタの絶倫狒々(冷凍力)が戯言を宣います。キーワードは是々非々(部分否定・部分肯定/全否定・全肯定)。
    別荘は西九州。
    最近のマイ・ブーム・・・リョーユーパンのマンハッタン、湖池屋のカラムーチョ・スティック、キリンのストロング・セブン、Wエンジン、COWCOW、鈴木Q太郎(ハイキング・ウォーキング)のヤマタイコク(ヒミコサマ)、神戸蘭子、寺田ちひろ、佐々木希、新妻聖子、喜屋武ちあき、浜田翔子、中村静香、杉原杏璃・・・等々。


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今や朝日新聞を筆頭とする内外反日ファシストたちが協同して捏造した今世紀最大規模の対日歴史偽造ということが明白になってきた。このような反日プロパガンダを断じて許しておくわけにはいかない。
日本に”思想警察”を誕生させてはならない。この法案はそうなる可能性を秘めている戦後最悪の危険な法案である。
敵性傾向の濃厚な国内最大規模の一部外国人集団に国家統治権の一部たる地方統治権=外国人参政権を付与するという日本開闢以来最悪の愚挙を断じて許してはならない。これは正真正銘真正の売国行為であり、100%違憲行為である(某傍論のごときアタマノイカレタトンチキ理論は完全除外)。

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