渡辺恒雄
「日本の首相の靖国神社参拝は、私が絶対に我慢できないことである」 今後誰が首相となるかを問わず、いずれも靖国神社を参拝しないことを約束しなければならず、これは最も重要な原則である。・・・もしその他の人が首相になるなら、私もその人が靖国神社を参拝しないと約束するよう求めなければならない。さもなければ、私は発行部数1000数万部の『読売新聞』の力でそれを倒す。

膳所狒々新報

寒々冷え冷えとしたニュースコメントブログ:旧名「冷凍力の膳所狒々日記3」

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

資料 サイデンステッカー 幽霊

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 
平成19年(2007年) 11月6日(火曜日) 
通巻 第1991号   (11月5日発行)
△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△
△△△△

((( 随筆 )))
  サイデンステッカーさんの時計
    追悼会で半年止まっていた時計の針が進んだ
**********************

  ♪
 エドワード・サイデンステッカー氏といえば、『源氏物語』の名訳家として世
界的に名高い。
また川端康成『雪国』『山の音』や、三島由紀夫『天人五衰』などを翻訳、とく
にノーベル文学賞授賞式には川端氏に同行して記念講演の草稿、「美しい日本の
わたし」を直前まで訳出に追われた逸話は有名だろう。
 江戸情緒と下町を愛した。湯島のマンション近くでは下駄履きのことも多かっ
た。
湯島から上野公園を散歩中、不忍池で転んで、そのまま意識を失い、四ヶ月入院
したが、帰らぬ人となった。
 転倒したのは四月二十六日の午後六時半で、時計はそのまま止まっていた。
 半年が経った。

 11月4日の日曜日は、そよ風と太陽に恵まれ、上野公園は家族連れ、アベッ
ク、行楽客にごったがえしていた。
公園のなかにある上野精養軒は、ちかくに住んだサイデンさん(誰もがサイデン
ステッカーという名前が長いので、こう略した。本人もそう呼ばれることを喜ん
だ)が、好んだレストランだったが、同時に式場を兼ねた由緒のある建物。ここ
で、八月になくなったサイデンさんをしのぶ集いが行われた。すぐ真下の不忍池
で転んだからだろう。

 参加者ひとり、ひとりが入り口で遺影に献花した。会場には静かな音楽が流れ
ていた。『雪国』の英語の朗読もあった。
 遠く米国からは甥と姪にあたるピートとパトりシアから長いメッセージが届い
た。多くの教え子、文学の友人、学者が詰めかけた。
 舞台はおおきな花々で遺影を取り囲み、スクリーンには在りし日のサイデンさ
んのスナップが多彩に映し出された。
愛猫は「はなこ」だった。日本にいる間、サイデンさんの傍を離れなかった。ス
ナップのなかには見覚えのある友人達との笑顔がいっぱいだった。

 サイデンさんを最後まで介護したのは山口徹三氏だった。彼が追悼会の準備を
こなした。緊急に編まれた随筆集(私家版『サイデンステッカー』)も配られた

 故人が締めていたネクタイは百数十本。陳列後、希望者に形見分けとして配ら
れた。わたしは“サイデン・ネクタイ・コレクション”のなかから一番派手なも
のを選んだ。
そうだ。サイデンさんは、ネクタイが好きで、一度、或るパーティでネクタイ論
議をやった。私がまだ三十そこそこの頃で、派手なネクタイをしていたのをサイ
デンさんがめざとく見つけ、「このデザインは何ですか」と絡みだしたのだ。
喧嘩早い人だった。

 最初に友人だった高橋治(詩人、直木賞作家)氏がサイデンさんとの想い出を
、ぼそりぼそりと語った。
 献杯は加瀬英明氏が音頭をとった。会場には知り合いの編集者や石原萌記『自
由』社長、村松英子さんの顔もあった。

 僚友だったドナルド・キーン氏の弔辞。
 「いまから六十五年前にコロラドの海軍日本語学校で知り合った。三回生下だ
ったのがサイデンさんだった。頭脳明晰で会話も弾み、仲良くなり、一緒に日本
語を勉強した。戦後、赴任地が異なっていた間は、文通をしていた。
 その後、わたしは京都へ留学、サイデンさんは東京の下町(文京区林町)の小
さな家だった。京都に来たときはサイデンさんが私の家に、わたしが東京へ行く
ときは彼の家に泊まった。しもた屋で朝、「納豆ぅー」と叫ぶ声がした。豆腐を
売る声もあった。下町で庶民の生活の臭い、サイデンさんは、もっとも好きだっ
たのだ。
 京都は綺麗だが、活気がない、とサイデンさんは言っていた。好きではなかっ
たのだろう。
 古典落語が好きだった。わたしは京言葉を勉強していた。お互いに『蜻蛉日記
』などの訳語のことで議論しあった。
 よくわたしとサイデンさんを「ライバル」と言うマスコミがあったが、わたし
は全然、そんな風に認識したことがなかった。お互いに日本文学を志しても、カ
バーする分野が違った。別の分野だった。
 その後、コロンビア大学で空席ができたので、サイデンさんと交替で受け持っ
た。毎年春(1-5月)をわたしが、秋(9-12月)をサイデンさんが担当し
た。だからコロンビアでは同じ家に住んで、お互いに家具を置きっぱなしにして
いた。近年、日本文学を志した同士らは、随分と不在になって、その不在は、深
いところで物足りない。サイデンさんの追悼会に、こんなに多くの人にきていた
だいて、私にとっても慰めになる。」


 ▼志賀直哉、小林秀雄を認めなかった

 文壇を代表して丸谷才一氏が挨拶した。
 「サイデンさんの功績は川端、谷崎、太宰を海外に認知させたこと。その選び
方、訳しかたが、読者を豊かにした。源氏物語を世界にしらしめた。往時の日本
の文檀は、志賀直哉が谷崎潤一郎より上という位置付けだった。私小説優位を覆
して、文学のレベルの領域を確立した。漱石を絶賛し、小林秀雄を認めなかった
。その点でわたし(丸谷)とサイデンさんは共通していた。荷風には批判的でも
あったが、サイデンさんの死に方は荷風より荷風らしい。人生そのものが文学的
である」。

 しかし、サイデンステッカーは志賀直哉『城の崎にて』を訳している。丸谷氏
もキーン氏も意図的にか、三島由紀夫の名前を出さなかった。
 
 生花と好きだったお酒に囲まれたサイデンステッカー氏追悼会は会場がぎっし
り満員になった。
 会場には田中健五、粕谷一希氏ら懐かしき編集者も大勢いたが、知らない顔も
多い。下町の散歩仲間、居酒屋の常連、そして落語の常連だという。なかにテレ
ビ朝日外報部の知り合いがいるので、「?」。
「上野の居酒屋でよく一緒になり飲んだ仲ですよ」と自らの解説があった。小生
自身は学生時代にやっていた『日本学生新聞』や、その後、雑誌『浪漫』に寄稿
してもらったり、憂国忌第一回のときはハワイに電話をかけて、メッセージを頂
いた。一昨年は花見で屋形船に揺られた。九段会館のシンポジウムでは壇上にも
昇ってもらった。

 途中で騒ぎが持ち上がった。
 サイデンさんの翻訳本や写真が展示された陳列台におかれた時計が動きだした
のである。
 最初に発見した人に誰もが「嘘だろ」と言った。会は四時半から始まり七時十
五分ごろ終わった。六時半でとまっていた時計が、六時半に動き始め、7時十五
分をさして止まった。
 追悼会のあいだ、まちがいなくサイデンさんは、あの会場に居たのである。
帰宅後、私家版のサイデンさんの随筆(原文は93年11月号の「うえの」)を
読んだ。「わたしは幽霊の存在を信じる。」と書かれていた。

スポンサーサイト

この記事に対するコメント


この記事に対するコメントの投稿
















top

この記事に対するトラックバック

トラックバックURL
→http://freezingpower.blog11.fc2.com/tb.php/360-43903fd2
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
top
profile

冷凍力

  • Author:冷凍力
  • ニュース・コメント・ブログ「膳所狒々新報」主筆。
    立ち位置は外交安保教育刑事分野で右、社会経済分野で左。
    一応貴族で爵位は猴爵およびシーランド公国男爵。
    膳所の某所山奥に在住の好色酒好き秘湯ヲタの絶倫狒々(冷凍力)が戯言を宣います。キーワードは是々非々(部分否定・部分肯定/全否定・全肯定)。
    別荘は西九州。
    最近のマイ・ブーム・・・リョーユーパンのマンハッタン、湖池屋のカラムーチョ・スティック、キリンのストロング・セブン、Wエンジン、COWCOW、鈴木Q太郎(ハイキング・ウォーキング)のヤマタイコク(ヒミコサマ)、神戸蘭子、寺田ちひろ、佐々木希、新妻聖子、喜屋武ちあき、浜田翔子、中村静香、杉原杏璃・・・等々。


hot topic
comment
trackback
category
calendarchive

07 ≪│2017/08│≫ 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

notice



200712~200803および200812~200908中は超多忙につき新規アップを休んでます。後にこの時域も資料室ゾーンになるかもしれません。

この前間違って過去のトラック・バックをいくつか消してしまいました。送ってくれた方々様申し訳ございませんでしたm(__)m。

本ブログの200609~200707の間は資料室ゾーンとなっております。現実の日付に関係なくほとんどの資料(本来的には自分用)をこの辺の時域に適当に振り分けてあります。他の時域にも散発的に資料オンリーのエントリーはあります。200609以前のエントリーは客観的資料と主観的感想がない交ぜで分野超越の普通の時事エントリーとなっております。
ブログランキングバナー

featuring

大高未貴

大高未貴の世界見聞録
http://www.miki-otaka.sakura.ne.jp/
ジャーナリスト・ルポライター・キャスター
歯に衣着せぬ鋭い発言と体当たりの行動力、さらに1994年度ミス日本国際親善の美貌。現在国内最強クラスの若手国際ジャーナリスト。ところで、サイトバナー早く作ってくれろつか自分で勝手に作成したw。結婚して☆。
「世界エトランゼ街道 魔都の封印を解け! 」新発売!


アニメ「めぐみ」ダウンロード

assertion

今や朝日新聞を筆頭とする内外反日ファシストたちが協同して捏造した今世紀最大規模の対日歴史偽造ということが明白になってきた。このような反日プロパガンダを断じて許しておくわけにはいかない。
日本に”思想警察”を誕生させてはならない。この法案はそうなる可能性を秘めている戦後最悪の危険な法案である。
敵性傾向の濃厚な国内最大規模の一部外国人集団に国家統治権の一部たる地方統治権=外国人参政権を付与するという日本開闢以来最悪の愚挙を断じて許してはならない。これは正真正銘真正の売国行為であり、100%違憲行為である(某傍論のごときアタマノイカレタトンチキ理論は完全除外)。

特亜政府地方参政権保持特別永住者地方政府日本政府

search

link
mail

名前:
メール:
件名:
本文:

RSSfeed
show all articles
QRcode

QRコード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。