渡辺恒雄
「日本の首相の靖国神社参拝は、私が絶対に我慢できないことである」 今後誰が首相となるかを問わず、いずれも靖国神社を参拝しないことを約束しなければならず、これは最も重要な原則である。・・・もしその他の人が首相になるなら、私もその人が靖国神社を参拝しないと約束するよう求めなければならない。さもなければ、私は発行部数1000数万部の『読売新聞』の力でそれを倒す。

膳所狒々新報

寒々冷え冷えとしたニュースコメントブログ:旧名「冷凍力の膳所狒々日記3」

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資料 南京事件の周縁

【土・日曜日に書く】論説委員・石川水穂 歴史問題でも情報戦に後れ
 ◆自民議連が重要な発見


 安倍晋三首相が辞任を表明した。安倍首相は「戦後体制からの脱却」や「美しい国づくり」を目指していただけに、残念であるが、この理念を後退させてはなるまい。その一つが、国に誇りを持てる歴史教育である。

 10年前、安倍氏や中川昭一氏ら当時の若手国会議員が中心になってつくった自民党の「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」は今年、南京事件をめぐる歴史問題で重要な成果を上げた。外務省に保管されていた南京陥落直後の昭和13年2月の国際連盟理事会の議事録とその討議の経緯を記録した機密文書を入手したことだ。

 これらの文書から、当時の中国国民党政府の顧維鈞代表がニューヨーク・タイムズなどの新聞記事に基づき、「南京で2万人の虐殺と数千の女性への暴行があった」と演説し、国際連盟の行動を要求したが、採択されなかったことが明らかになった。

 当時、日本は国際連盟を脱退しており、日本非難の決議が採択されてもおかしくない状況だったが、この「2万人虐殺」すら否定されたのである。

 「2万人虐殺」説は、終戦後の昭和20年12月8日からGHQ(連合国軍総司令部)の指示で一斉に新聞各紙で連載された「太平洋戦争史」にも出てくる。南京事件の虐殺数はその後、東京裁判で「20万人」、中国側発表で「30万人」とふくれ上がるが、当初は「2万人」とされていた。自民党議連の調査がこの事実を改めて浮き彫りにした意義は大きい。

 自民、民主両党の若手国会議員でつくる超党派の勉強会「南京事件の真実を検証する会」も発足した。同事件に詳しい東中野修道・亜細亜大教授や藤岡信勝・拓殖大教授らを講師に招き、米国でベストセラーになった中国系米国人、アイリス・チャン氏の著書『レイプ・オブ・南京』に掲載された写真の真偽などを検証している。

 今年は南京陥落(昭和12年12月)から70年の節目の年に当たる。海外では、南京事件を題材にした反日宣伝映画が次々と制作されている。国内で、国会議員レベルでの検証作業がさらに進展することを期待する。


 ◆学者の実証研究も進む


 歴史学者の秦郁彦氏は今夏、自著『南京事件』(中公新書、昭和61年)の増補版を21年ぶりに出した。旧版では、日本軍の不法行為による犠牲者数を「3・8万~4・2万人」としていた。増補版でも、「4万」と数字はほとんど変わっていないが、「4万の概数は最高限であること、実数はそれをかなり下まわるであろうことを付言しておきたい」と書いた。

 事実上の下方修正といえる。秦氏は「4万人は、未発掘の新資料が出てくるかもしれないことを予期し、余裕を持たせた最高限の数字だったが、この20年、事情変更をもたらすような新資料は出てこなかった」と理由を説明する。

 南京事件の虐殺数をめぐり、東京裁判の判決や中国側発表に近い規模の虐殺があったとする「大虐殺派」、「20万、30万の虐殺はあり得ないが、一定程度の虐殺はあった」とする「中間派」、「虐殺はほとんどなかった」とする「まぼろし派」の3グループに分かれて論争が行われている。

 秦氏の「4万人」虐殺は、中間派の中で最も多い数字だったが、同氏が「実数はそれをかなり下回る」としたことは、学問状況の大きな変化といえる。


 ◆日中国交35周年の反省


 「南京大虐殺」の発信源とされる英文の著書『戦争とは何か-中国における日本軍の暴行』を書いた英マンチェスター・ガーディアン紙の中国特派員、ティンパーリー記者が単なる第三者ではなく、中国国民党の宣伝工作の一翼を担っていたことも、北村稔・立命館大教授や東中野教授らの研究で分かってきた。

 日本は南京の戦闘では圧勝したが、情報戦では中国に完敗していた。日本は今も、情報戦で中国に大きく後れをとっている。

 今年は日中国交回復から35年の節目の年でもある。今月末には、さまざまな記念行事が催される。

 戦後、東京裁判で一方的に指弾された「南京大虐殺」が蒸し返されたのは、日中国交回復のころからだ。これには、日本の一部マスコミも加担した。

 この35年間、「30万人虐殺」を唱える中国の反日宣伝に対し、日本の外務省は有効な反論を加えてこなかった。中国側に立って、教科書検定に介入し、どこの国の外務省か分からないこともあった。

 国際社会で何も反論しないことは、相手側の主張を認めたことになりかねない。南京事件など歴史問題で、いわれのない非難に対しては、実証的な調査研究で得られた史実を示し、積極的に反論すべきである。(いしかわ みずほ)

(2007/09/15 06:27)
http://www.sankei.co.jp/ronsetsu/seiron/070915/srn070915000.htm

(読者の声1) 貴誌1988号(11月2日発行)(読者の声1)MC氏の「例2:<続いて質問したのは、TVタックルや太田総理の番組辺りに登場する滞日40年以上の米人ジャーナリストS氏で、南京で日本軍は何人殺したのかと、その数字を北村氏に問い質しました。これに北村氏は、丁寧に「そういう調査はしていないのです」と答えましたが、数字を挙げろと、傍から見ていても辟易するほどしつこく食い下がっていました。回答:ベトナム戦争では米国はどのくらいベトナム民間人を殺したのか、知っていますか? と逆襲する。これで分からないとなります。なおそれは別だといったら、別ではありません、二重基準は許されませんとピシャリと言えばよい。
欧米人は討論術(ディベート)に長けているので、基本の返し技を覚えておきましょう」
は逆効果です。
「あなたは南京事件の専門家であるが私はベトナム戦争の専門家ではない」と言われておしまいです。
こういう場合は、「神様が知っている(God Knows)」という「誰にも分からない」という意味の英語の常套句で切り出してからこういうのです。南京陥落の時点で南京に住んでいたドイツ人エンジニアのヨン・ラーベ氏の日記が出版されています。その中に三人の日本人兵士が女学校に侵入して女子生徒を人質にとり略奪を行なったと書いてあります。ひどい話ですね。
三日後に三人が降参したところ、彼ら日本兵に成りすました中国兵でした。当時のニューヨークタイムズ紙(1月6日号)に書いてあります。
確かに日記は良い資料ですが、書いたことが間違っていたことに気づいても後で訂正するなんて事はまずしません。こういったように歴史的資料を解析して何が起こったかを組み立てなおすことは大変なことです。
「南京で日本兵が大虐殺をした」というようなスローガンをいいたてるのとは全く違った作業です
オオニシ記者に頼んで、NYT紙の資料室からその記事を取り寄せて読まれてはいかがですか。
有効な反論をするには、多くの知識と、公平で論理的な議論が重要です。
   (ST生、神奈川)


(宮崎正弘のコメント) ノリミツ・オオニシ記者に頼む? 最大の皮肉ですね。


「心と体の傷が癒えない」南京事件70年で生存者ら証言
2007年12月01日

 「あの時の心と体の傷は決して癒えません」。旧日本軍による南京の市民らに対する殺害や暴行、
略奪などがあったとされる日中戦争中の「南京事件」から、今月で70年。大阪市中央区の
エル・おおさかで1日、この事件の生存者2人の証言を聞く集会が開かれた。2人のうち、
初来日した南京市の張秀紅(ツァンシュウホン)さん(81)は何度も言葉を詰まらせながら、
当時の体験や胸中を語った。

 「11歳の時、日本兵が自宅に来ました。私を守ろうとする祖父を銃剣で脅しました」。張さんは
約80人の聴衆を前に、うつむきがちにゆっくりと体験を語り始めた。

 「無理やり隣の空き家に連れていかれ、服を脱がされました。両足を押し広げられ、痛さで
気絶している間に、強姦(ごうかん)されました。気がついた時、下半身は血だらけでした。
祖父が泣きながら抱きしめてくれました」

 そう話し、張さんは大声を上げて泣いた。

 今でも腰や股関節が痛み、しゃがむことができないという。

 集会は96年から毎年続いており、今年は東京や名古屋、神戸など8都市で開かれる。主催する
南京大虐殺60カ年全国連絡会の招きに、張さんは当初「日本に行ったら殺される」と固辞。
半年間ほど迷った末に「真実を語りたい」と決意したという。

 男性生存者で南京市に住む伍正禧(ウツェンシ)さん(84)は「3人の日本兵が自宅に来て、
兄といとこ、叔父の計5人を連れ去りました」と証言。大勢の死体が放置された沼や川を捜したが、
行方不明のままという。その数日後には、若い女性を求めて自宅に押し入った日本兵に、目の前で
祖父を刺殺された。

 3度目の来日。「南京事件を知らない若い人や、事実ではないと言い張る日本人もいる。
私たち生存者がしっかり伝えたい」と語った。

 証言を聞いた大阪市平野区の教諭森口和美さん(55)は「生存者の生の声に言葉を失った。
記憶にとどめ、語り続けないといけない」と話した。

asahi.com関西
http://www.asahi.com/kansai/news/OSK200712010190.html
画像:声を詰まらせながら体験を語る張秀紅さん=1日午後2時40分、大阪市中央区で
http://www.asahi.com/kansai/news/image/OSK200712010189.jpg


女流作家・張純如の『南京大虐殺』日本語版、ようやく出版へ

日本の「中文導報」によると、米国籍中国人女流作家の張純如が1997年、「南京大虐殺」事件の真相を暴いた歴史著作『南京大虐殺』(英文原作名『The Rape of Nanjing』は世界を震撼させた。だが、「南京大虐殺」を画策し実行した当事国の日本では、特殊な社会的雰囲気と政治的圧力から、日本語翻訳本は98 年の出版の過程で頓挫し、その後、出版に至るまで10年という長きにわたり摩訶不思議ともいえる空白を経た。張純如本人は長年におよぶプレッシャーからうつ病となり、04年11月9日に銃を喉に打ち込んで自殺した。36歳という風采、文才ともに盛りの年齢でこの真相不明の世を去ったのは、非常に惜しまれる。         




07年12月13日、「南京大虐殺」事件は70周年記念を迎える。歴史が歩んできたこの長い70年の歳月を記念し、歴史に対する正義感と道徳、勇気に満ちた中国人女性を追憶し、さらには日本社会に1つの完ぺきともいえる歴史証言を提供するため、雌伏10年という出版のタブーを打ち破り、日本の華僑・巫召鴻氏が翻訳し、日本の同時代社が出版する日本語版『南京大虐殺』を世に問うことになった。

翻訳者の巫召鴻氏は1951年に日本で生まれた華僑。長年にわたりコンピューターソフトの仕事に従事している。巫召鴻氏はこう語る。「私の人格は、60年代から70年代にかけて形成されました。そのころ、1つの上の世代が語る戦争体験をよく耳にしましたが、そのほとんどが広島や長崎の原子爆弾のことや、東京大空襲、武勇伝や特攻隊、真珠湾攻撃といったもので、南京大虐殺については語っていませんでした。70年代から、日本人の戦争に対する意識は被害者意識へと偏りはじめ、そして次第に加害者としての視野が曖昧となって、侵略者としての立場を覆い隠すようになりました」

98年、柏書房は『南京大虐殺』を翻訳・出版することにした。その際、社会的影響を配慮して、出版元は日本語の訳文に日本の視点に立った注釈と説明、批判する文言を加えるよう求めたが、張純如本人が反対したことで、出版計画は流産した。これによる後遺症は、『南京大虐殺』はその後の10年にわたって日本の出版界でタブーとされ、だれもがこの敏感な翻訳出版の話題に触れようとしなくなったことだ。だが日本ではなんと、それに合わせるように原作を訂正し、非難し、説明を加え、ひいては厳しく批判する著作が出版されたのである。笠原十九司氏の『南京事件と日本』や、同じ歴史観をもつ本田勝一氏と妬村太一郎氏の対談、さらには原作を全面的に否定する藤岡信勝氏、東中野修道氏が著した『「南京大虐殺」の研究』などだ。

巫召鴻氏は「翻訳出版にいたる経緯」のなかでこう指摘している。「日本語の形で、日本で出版しようとする著作がこともあろうに、四方八方からこのように集中的に非難と批判を浴びた書物は、これまでに1冊もなく、前代未聞のことです」。だからこそ、彼は日本語版の出版によってより多くの人が完全な形でこの本を読み、原作を本当に評価してくれるよう期待しているのだ。

同時代社の川上徹社長は「中文導報」の取材に応じた際、日本語版の出版が紆余曲折を経た過程を語っている。川上氏は06年に巫召鴻氏からの手紙を受ける以前から、日本で『南京大虐殺』を出版したいと考えていた。川上氏は出版界やメディアにいる友人に意見を求め、98年の柏書房による出版の頓挫の経緯を理解したが、慎重に対処して、問題に巻き込まれないようにとの忠告が大半だったいう。それでも川上氏は、日本語の翻訳原稿を読んで、魂のある、力のある、説得力のある作品だと深く感じ取ったという。

川上氏はこう語る。「張女士の原作は大虐殺の本質を暴いています。大虐殺を行った方法や形態など、実質的な問題を詳細に記しており、非常に重視する価値があります。日本の右翼は原作にある細部の誤りを誇大化させて、『偽書』だと指摘しています。日本の出版界も過去10年もの間、なんと「自由な規制」を実行することで、張女士の著作が表した歴史の真相と歴史の声を抹殺したのです。こうしたやり方は誤りです。ですから、同時代社は今春、この本の日本語版を出すことを決めたのです」

川上氏によれば、張女士の原作は3つの点から『南京大虐殺』の真相を解読できるという。第1は当時、事件を自ら経験した日本人の証言を聞いていること。第2は、大虐殺の被害者と生存者である中国人の記憶を記録していること。第3は、当時の「国際安全ゾーン」にいた外国人の記録を掘り起こしたことだ。張女士が初めて見つけ出した「ラーベイ日記」はすでに、「南京大虐殺」について記述する著名な歴史文書となっている。

日本語版『南京大虐殺』は厚さ380頁にのぼる。原作に収められている43枚の貴重な写真を掲載し、原作に遜色はない。日本語版は「南京大虐殺」70周年を記念する12月13日までに書店で発売される予定だ。

川上氏は「張女士は日本人にこの本を読んでもらいたいと切に思い、また日本人とじかに向き合う率直な交流を望んでいました。前者は間もなく実現されます。でも後者については、これからもずっと、残念だったなという気持ちが残るでしょう」と話す。

川上氏によれば、この10年来の日本の政治環境と社会の気風に実質的な変化はなく、ただ右翼による「新歴史教科書」が、民間が選択・使用するにあたって相次いで壁に突き当たり、編纂委員会も内輪もめで平静の傾向にあっても、社会的には依然として『南京』に関する話題はタブー視されているという。「南京大虐殺」70周年が間もなく訪れるが、日本でこれを記念する活動を耳にするのは非常に少ない。龍谷大学の田中宏教授が「2007南京大虐殺70年東京記念証言集会」を組織することにしているが、どこか寂寥感が漂う。そうであれ、張純如女士の遺作『南京大虐殺』日本語版の出版に、日本人の歴史に対する謝罪と愛惜の念を託すことができるのではないか。

http://www.pekinshuho.com/ztjl/txt/2007-12/04/content_88556.htm

大量の日本側史料と大虐殺避難者の名簿、南京で披露される
---
南京大虐殺で同胞たちが殺害されて70周年を迎えるにあたり、
中国大陸を侵略した日本軍の公式文書、日本軍の日記、回顧録などの大量の史料が南京で披露された。
専門家によると、これは日本側からの直接的な史料であり、
中国大陸を侵略した日本軍の南京大虐殺の犯罪行為の最も有力な証拠だと述べた。

27巻(*1)の「南京大虐殺史料集」(*2)が3日、出版された。
このうち3巻の史料は日本軍サイドから、あるいは従軍記者の記録と回顧録からのものだ。
この3巻の史料は「日本軍の文書と日本兵の日記」「日本兵の回顧録」
「日本の軍国教育、南京領事館における百人斬り史料」に分けられる。

「日本軍の文書と日本兵の日記」と「日本兵の回顧録」では、
新たな日本兵の日記、回顧録、日本の公式文書を収録している。
中でも最も重要な史料の一つは、上海派遣軍司令部参謀の西原一策大佐が記録した
「作戦日誌」だ。ここには当時中国大陸を侵略した日本軍の第13師団山田支隊が、
南京で中国の捕虜15,000人を殺害したという事実が記載されている。

このほか、史料集の中には日本軍の「百人斬り」や各種の殺人競争、殺人遊びに関する
多くの日本の報道記事と関係記録が収録されている。

この「南京大虐殺史料集」の出版は、初版に南京大虐殺の避難者の名簿をつけることと
併せて3日に公表された。この名簿の602人は皆、当時ドイツ人のヨハネ・ラーベ(*3)に保護された者たちだ。
中国大陸を侵略した日本軍が南京で大虐殺を行った間、ドイツのシーメンス社の駐南京代表だった
ヨハネ・ラーベと十数名の外国人たちは、共同で南京安全区国際委員会を立ち上げ、
20数万人の中国難民の生命を保護した。先だって出版された「ドイツ大使館領事館文書」には、
当時の中国難民グループがラーベにあてた感謝の手紙が収録されている。
この手紙の後には、ラーベが保護した中国難民の署名と拇印があり、全部で602名に及ぶ。
名簿は2つから構成され、1つは避難者のサインだ。もう1つは、ラーベのグループが
これを整理した名簿で、それぞれの姓名、年齢、原籍、職業などが書かれている。

「今回初めて公表される南京大虐殺の避難者リストは重要な歴史学上の価値がある」
「南京大虐殺史料集」の編集主幹で南京大学南京大虐殺史研究所の所長を務める
張憲文はこう集会した。名簿はラーベが保護した避難者たちの実際の状況を整理し、
南京大虐殺の期間中における中国の市民の生活状況を理解するうえで、
非常に重要な意味があるという。
(12/04 17:22)

★ ソースは、新華社 [中国] とか。
http://news.xinhuanet.com/newscenter/2007-12/04/content_7199110.htm (中国語・簡体字)

★ 訳註。
(*1) 第29巻~第55巻の計27巻が出た、というもの。
  第1巻~第28巻は2005年に抗日戦争勝利60周年を記念して既に発行されている。
(*2) 原題は「南京大屠殺史料集」(ただし簡体字)。
(*3) 原文まま。以下同じ。

★ 関連スレ。
【日中】 南京大虐殺めぐり日中研究者がシンポ 中国側「従来の認識より少なくなる可能性」★2 [11/25]
http://news21.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1196047643/
【歴史】「11歳の時、日本兵に強姦された」「目の前で日本兵に祖父を刺殺された」 南京事件70年で生
http://news21.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1196639050/
【歴史】張純如(アイリス・チャン)の『南京大虐殺』(レイプ・オブ・南京)日本語版、ようやく出版へ[
http://news21.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1196756466/
【人民網】記録映画「南京夢魔」日本語版が完成~YouTubeで無料公開[12/04]
http://news21.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1196770412/
とか。

★ 画像。
ttp://news.xinhuanet.com/newscenter/2007-12/04/xin_0321204041722562227693.jpg

18 :回路 ◆llG8dm8Aew :2007/12/05(水) 01:00:00 ID:w2hE393i
    ∧∧
   ( 回 )___ >>1
   (つ/ 真紅 ./ 中国人が崇拝するラーベの正体
 ̄ ̄.ヽ/ PAD /  軍需産業ジーメンスの南京支社長にしてナチ党員。
      ̄ ̄ ̄   当時日本の申し入れによる対中武器禁輸の真っ只中。
            ラーベは被害者数をドイツ本国には50000~60000人(これもラーベの推定。見たわけではない)と報告し、高官から
            中国人の言い分を一方的に聞きすぎていると怒られ本国に戻される。そして中国へは戻れなかった。
            まあ、武器禁輸解除してもらわんと商売にならんからなwww必死過ぎwww
            そして南京のイギリス大使館には数百人、上海のドイツ大使館には数千人、を報告している。
            この時点で充分すぎるほどホラ吹き。
19 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2007/12/05(水) 01:02:03 ID:xL0LJQ0l
福田「日中は今、春です」
20 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2007/12/05(水) 01:04:47 ID:Zit95hDX
>ここには当時中国大陸を侵略した日本軍の第13師団山田支隊が、
南京で中国の捕虜15,000人を殺害したという事実が記載されている

ふむ・・・実際見て見ないとなんともいえんな。他の資料は意味の無いものらしいし

★記録映画「南京夢魔」日本語版が完成

米国の独立映画制作者による記録映画「南京夢魔―南京大屠殺」の日本語版「南京大虐殺」が完成し、
米国の人気動画共有サイト「YouTube」で無料公開された。新華社のウェブサイト「新華網」が伝えた。

制作グループは3日のプレスリリースで「『南京大虐殺』は南京大虐殺の歴史を日本語で語る初の記録映画。
南京大虐殺の真相を日本の観衆に伝えることのできる、現時点で唯一の公開ルートでもある」と述べた。

米国の独立映画制作者、Rhawn Joseph氏が自費制作した「南京夢魔」は、70数年前に旧日本軍が南京で
犯した暴行を、大量の史実と貴重な写真資料によって観衆の前に示している。 YouTubeで無料公開された
英語版「Rape of Nanking」と中国語版は数百万ヒットを記録した。

日本語版は準備から完成までの2年余りに幾重もの困難に遭遇した。日本の右翼分子からの脅迫はその
最たるものだ。日本版の制作に加わった2人の日系米国人は、日本在住の親友が右翼分子による妨害や
迫害を受けないよう、字幕では本名を伏せている。(編集NA)

(「人民網日本語版」2007年12月4日)
http://j1.people.com.cn/2007/12/04/jp20071204_80622.html

(関連URL)
南京大虐殺 日本軍によるアジアでの 残虐行為 Rape of Nanking Part 1-2
ttp://jp.youtube.com/watch?v=hIUro3olXlY
ttp://jp.youtube.com/watch?v=qw0GuDHdflI

(関連スレ)
【歴史】張純如(アイリス・チャン)の『南京大虐殺』(レイプ・オブ・南京)日本語版、ようやく出版へ[12/04]
http://news21.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1196756466/-100
【歴史】「11歳の時、日本兵に強姦された」「目の前で日本兵に祖父を刺殺された」 南京事件70年で生存者ら証言★4[12/01]
http://news21.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1196639050/-100
【中国】日中戦争時の日本軍の爆撃を受けた南京市民の死体・撃墜された戦闘機などの写真が発見される[11/30]
http://news21.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1196521453/-100


特別取材:70年、日本は南京大虐殺を正視できず
---
新華網特別取材:2007年12月13日は南京大虐殺から70周年の記念日。
しかし70年を経た今日、日本社会は未だに南京大虐殺を正視できずにいる―。

● 「大虐殺」という単語を使えない
日本では現在、書籍、歴史教科書、新聞、そして学者や政治家までも、
みんな南京大虐殺を「南京事件」などと呼んでいる。

日本の「朝日新聞」は1971年8月末、本多勝一記者の連載レポート「中国の旅」を掲載した。
当時この文章で使われた「南京大虐殺」の名称が、日本人が「南京大虐殺」という言葉を使った
最初の出来事だった。この後、メディア、学者、教科書などの多くが「南京大虐殺」を使った。
しかしその後、日本では"加害行為を際立たせた"とみなす"自虐史観"という論調が現れた。
この影響で、日本人は次第に"南京大虐殺"ではなく"南京事件"と言うようになる。

東京書籍が10年前に出版した歴史教科書では「南京大虐殺」と述べていたが、
日本の一部の者が「加害行為の記述は"自虐だ"」と指摘し、「南京事件」に改められている。

● 沈黙する日本メディア
中国大陸を侵略した日本軍が南京大虐殺を引き起こした当時、
日本の新聞社は競うように日本軍の軍人による「百人斬り競争」を報じた。
しかし南京大虐殺から70周年を迎え、日本メディアによる南京大虐殺に関する報道は、
決して多く見られず、ましてや南京大虐殺を振り返ろうとする報道はさらに少ない。
結論として、70年後の今日、日本のメディアはこの件についてみな沈黙を守っているのだ。

日本の多くのメディアの中で、「朝日新聞」は南京大虐殺を振り返る報道を大々的に行う
唯一の主要メディアと言えそうだ。11月、朝日新聞は数日報道を重ね、約5ページに及んだ。
一方、「産経新聞」も少なくないページをこの話題にあてた。
しかしその内容は南京大虐殺を否定するもので、大虐殺を「蒋介石の虚構」などと戯言を並べ、
拡張後の新しい南京大虐殺記念館についてもマイナス面を報道している。

● 少なすぎる教科書の記載
日本の歴史教科書の中で、中国を侵略した戦争(*1)の記述は非常に少なく、
南京大虐殺に関する部分はさらに少ない。最も多く採用されている東京書籍の教科書では、
中国を侵略した戦争と戦時中の日本の社会体制に関する記述はわずかに2ページだ。

ある日本の歴史教師は本紙に対し、日本の教師は授業中に歴史的事実について個人の意見を
発表することは許されず、学生には教科書に載っていることだけを伝えるので、
歴史の誤りについては学生自身の判断によらねばならないと説明した。
しかし日本の学生の歴史的事実に対する理解は不充分であまり真相を知らないようだと語る。
興味を持った僅かな学生が本を買ったり親に聞いたりして、やっと歴史を理解できるのだという。

● 一段と強まる右翼の歪曲活動
日本政府は南京大虐殺について、外務省のホームページでも
「多くの非戦闘員の殺害や略奪行為等があったことは否定できない」(*2)としているが、
日本の対外侵略の歴史を強く否定する保守勢力がなおも存在し、
いわゆる"自虐史観"だとして歴史教科書の改変を要求したり、南京大虐殺を否定する者もいる。

また南京大虐殺70周年にあたり、日本の右翼勢力は公然と活動を行い、
講演会や検討会を催したり、甚だしきは映画の撮影まで行って南京大虐殺を否定し
日本のいわゆる"名誉"を回復させようと企図している。
[ 駐東京記者:呉谷豊 ]

★ ソースは、新華社 [中国] とかからものすごくはしょり気味に訳。
http://news.xinhuanet.com/world/2007-12/13/content_7240880.htm (中国語・簡体字)

★ 訳註。
(*2) ttp://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taisen/qa/08.html のこと。

★南京大虐殺に新たな資料集 元日本兵の日記など収録

南京大虐殺に関わった元日本兵102人の当時の手紙や日記、回想録を集めた南京大虐殺資料集
「元日本兵の書簡と日記で見る南京大虐殺」(松岡環編集)が 12日、南京市で出版された。
「南京大虐殺史研究文献シリーズ」で初の日本人が編集した資料集となる。
新華社のウェブサイト「新華網」が伝えた。

同資料集を編集した松岡氏は、小学校教諭だった1988年、南京市にある南京大虐殺記念館(正式名:
侵華日軍南京大屠殺遇難同胞記念館)を初めて訪れ、戦争の悲惨な歴史をより多くの日本の生徒たちに
教えようと決心。南京大虐殺の生存者を訪ね歩き、180人の証言を集めた。その後、大虐殺に関わった
日本兵さがしを始め、中国侵略を行った多くの元日本軍兵士を取材、大量の証言と証拠物件を集めた。
そのうち多くの価値ある証拠物件が南京大虐殺記念館に寄贈されている。

今回の資料集は、松岡氏が元日本兵の戦時中の手紙と日記、回想録を編集し、南京大虐殺記念館の
援助を受けて出版したもの。南京大虐殺の研究に役立つ新たな資料となる。(編集MA)

(「人民網日本語版」2007年12月13日)
http://j1.people.com.cn/2007/12/13/jp20071213_81132.html

(関連ニュース)
★日本の友人、南京大虐殺の生存者の話を聞く
http://www.pekinshuho.com/zxnew/txt/2007-11/30/content_87952.htm

(関連スレ)
【中国】「南京大虐殺史料集」第29~第55巻が発行 日本軍の公式文書や難を逃れた人々の名簿も初公開[12/04]
http://news24.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1196782823/l50
【日中】 南京大虐殺めぐり日中研究者がシンポ 中国側「従来の認識より少なくなる可能性」★2 [11/25]
http://news24.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1196047643/l50


(読者の声4) 12月13日のTBSのニュース23で、中国の南京事件70周年記念
行事の報道。
「南京事件があったということを前提に報道されて、否定論側の報道は何一つな
い。番組中、式典に参加したアメリカ人ジャーナリストへのインタビュー、「南
京大虐殺を否定することは、ホロコーストを否定することだ」。同じくデンマー
ク人の女性、「歴史に学ぶことはよいことだ」。日本人も登場、大阪在住で88才
、南京事件当時は楊子江上の日本海軍の駆逐艦に載っていたそうだ。当時の写真
は飛行服だった。
「南京攻略戦が終わって五日も経っているのに楊子江岸で日本軍が機関銃で中国
兵(人?)を射殺するのを目撃した。一度ではなく、何度も続いた」そうだ。 そ
して「わたしは中国に謝罪に来た」そうだ。
所属(艦名)を言わなかったのが不思議に感じた。
中国で講演もするそうだ。そしてTBSの不思議は否定論や否定論者は出てこな
い。「公正な報道」をうたう放送法違反では…
直ちににTBSに抗議を!
  (TK生、目黒)

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 
平成19年(2007年) 12月14日(金曜日) 
通巻第2028号


1 :スカイキッド@スーパーミックスヂュース二号φ ★:2007/12/17(月) 16:04:39 ID:???

「南京事件70周年 国際シンポジウム―過去と向き合い東アジアの和解と平和を」の二日目が十六日、
東京都千代田区の明治大学で開かれ、約三百五十人が参加しました。
二日間で、のべ七百人が参加。国境を超えた「東アジアの真実・和解委員会」の立ち上げを提案した宣言(別項)が満場の拍手で採択されました。

 「ヨーロッパでは戦争責任をどう議論しているか」をテーマに三人が発言。
東京大学特任准教授の川喜田敦子さんは、二〇〇六年にドイツとフランスの間で共通の歴史教科書ができたことを紹介しました。
「歴史について対話する経験がヨーロッパでなかったならば、共通の教科書が作られることはなかっただろう」「歴史の対話を重ねることで政治をも変える力に変わっていくことを信じる」とのべました。

 フランス・プロバンス大学教授のジャン・ルイ・マルゴランさんは、市民による文化的交流をへて、戦争認識の話へと移行していったヨーロッパの過程に触れ、
「遅々とした動きであったが、下から上がってくる動きこそ大事だ」と参加者を励ましました。

 総括討論で、同シンポジウム共同代表で都留文科大学教授の笠原十九司さんは「私たち民間人が歴史をつくっている。東アジアの平和を築くため奮闘しよう」と語りました。
 今年三月から欧米とアジア八カ国で開催してきたシンポジウムを振り返り、発言した実行委員長で弁護士の尾山宏さんは
「同じ過ちを二度と繰り返すまいと南京事件の記憶を人類の記憶にとどめる営みが世界で起きている」とのべました。

 また、「国境を超えた市民の連携と対話、学者による研究を基礎にして初めて国家間の和解が進められる」と指摘。
「和解の実現を達成できるのは市民運動である」と強調し、運動のさらなる前進を呼びかけました。

*宣言は>>2以降

ソース:赤旗
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2007-12-17/2007121714_01_0.html

2 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2007/12/17(月) 16:05:11 ID:7DyvNnQe
まずミサイルの照準を外してから言え

3 :スカイキッド@スーパーミックスヂュース二号φ ★:2007/12/17(月) 16:06:05 ID:???
宣言の要旨
 南京事件70周年国際シンポジウムで十六日に採択された宣言の要旨は次の通りです。

私たちは、東アジアの人々が共同してこの事件の実相と責任を明らかにし、
和解への道を模索することが喫緊の課題であると考え、各国政府と市民・学者代表を含めた地域機構として
「東アジアの真実・和解委員会」を立ち上げることを提案する。

 また日本政府に対して、以下の3点を実行するよう要望する。

 1 南京事件を含む戦争犠牲者に対し、閣議決定および国会決議を行って公式に謝罪し、
これに反するいかなる言動に対しても毅然(きぜん)とした態度で反駁(はんばく)し、被害者の尊厳を守ること

 2 謝罪が真摯(しんし)なものであることを表すため、戦争被害者に個人補償を行うこと

 3 アジア・太平洋戦争の真実を国民とりわけ次の世代の子どもたちに誠実に伝えること

 日本政府が戦争被害者に人間としての尊厳を確保するための営みを行うことは、日本とアジア諸国との間で真の意味での和解を成立させ
相互信頼を確保することにつながり、そのことが21世紀の東アジアと世界の平和構築に大きく貢献するものと確信する。

http://ojsfile.ohmynews.com/STD_IMG_FILE/2007/1217/IE000846824_STD.jpg
▲揚子江の下関で集団虐殺された南京大虐殺犠牲者たちの死体。日本軍は罪のない民間人たちを虐殺
した後、死体を揚子江に捨てて跡を残さないようにした。

2004年11月9日米カリフォルニア州サンタクララ郡の人跡まれな高速道路の道端。ある中国系女性ジャ
ーナリストが自分の車の中でピストル自殺、短い生を終えた。彼女の名前はアイリス・チャン(Iris
Iris Shun-Ru Chang、張純如)。当時37歳だったアイリス・チャンは米国だけでなく全世界によく知ら
れたベストセラー作家だった。彼女の著書<レイプ・オブ・ナンキン、第2次世界大戦の忘れられたホ
ロ・コースト((The Rape of Nanking : The Forgotten Holocaust of World War II)は韓国でも翻訳
出版され、多数の熱血読者を獲得した。
(中略=チャン及び著書の紹介。)
「レイプ・オブ・ナンキン」が南京大虐殺の真実を全世界に知らせたが、いざその真相を知らなけれ
ばならない日本では出版さえできなかった。1999年日本の柏書房は日本語版を出版しようとしたが、
日本の右翼勢力が出版社に押し寄せて圧力をかけた。街宣車を利用した大声放歌に続いた脅迫電話・
手紙・ファックスまで右翼の執拗な圧力が持くと、出版社は本の少なくない内容と表現を修正して出
版しようとした。これにはアイリス・チャン側が反対し、結局、本は日本で出版されなかった。

右翼勢力の動きはこれに止まらなかった。彼らは同書を「反日偽書」だと規定して大規模糾弾集会を
開催した。日本の右翼は南京大虐殺を「20世紀最大の嘘」、アイリス・チャンを「歴史を操作する魔
女」と責めながら南京大虐殺を否定・歪曲した。出たらめなことに出版さえきなかった本の批判書が
氾濫した点だ。日本では<レイプ・オブ・ナンキン>の一部の間違いを拡大、誇張して歴史自体を捏造
した書籍が並んで出版され、日本社会の右傾化・保守化ブームに乗ってベストセラーにまでなる笑え
ない事まで起った。

日本右翼の勢力は日本国内だけに止まらなかった。アイリス・チャンの自殺には日本右翼の圧力が作
用した。<レイプ・オブ・ナンキン>出版後、アイリス・チャンはずっと恐怖と脅迫の中で過ごし、ひ
どい鬱病に苦しんだ。アイリス・チャンに近い友達でさえ電話の代わりに電子メールで連絡し、親戚
にもご主人と息子の近況を言わなかった。米ニューヨークで開かれた追悼式で、クリスティーン・チ
ュイ、ニューヨーク大学映画科教授は「アイリス・チャンの<レイプ・オブ・ナンキン>出版後、ずっ
と日本の右翼勢力の絶え間ない脅迫手紙と電話を受けた」と述べた。

アイリス・チャンを何回もインタビューしたチュイは「アイリス・チャンは日本右翼の続く脅迫で、
鬱病になって精神診療を受け、自殺までするようになった。」と主張した。南京大虐殺と<レイプ・オ
ブ・ナンキン>を否定する先頭には日本南京学会がある。日本南京学会の会長である東中野修道日本亜
細亜大学教授は、南京大虐殺の存在自体さえ否定している。東中野教授が1998年に出した<南京虐殺の
徹底検証>では一家族9人中7人が殺害された被害者、夏淑琴(78)の事例が捏造されたと主張した。今年
11月2日、東京地方裁判所は夏淑琴が起こした訴訟に対して東中野教授と<南京虐殺の徹底検証>出版社
が原告の名誉を毀損したとして400万円の賠償判決を下した。しかし、東中野教授の詭弁は変わらない。

http://ojsfile.ohmynews.com/STD_IMG_FILE/2007/1217/IE000846827_STD.jpg
▲二人の日本軍兵士が中国人100人の首を切る勝負を報道した当時の日本新聞(左側の下)。日本右翼は
このようなメディア報道さえ誤報または過剰報道として否定している。
http://ojsfile.ohmynews.com/STD_IMG_FILE/2007/1217/IE000846828_STD.JPG
▲万人坑から発掘された南京大虐殺犠牲者の遺骨を見ている観覧客たち。
(後略)
ソース:oh my news(韓国語)
南京大虐殺明らかにした'魔女'はどうして自殺したのか[南京大虐殺70周年③]
http://www.ohmynews.com/NWS_Web/view/at_pg.aspx?CNTN_CD=A0000792548
http://ojsfile.ohmynews.com/STD_IMG_FILE/2007/1217/IE000846825_STD.JPG

【外信コラム】北京春秋 犠牲者に名を与えよ
2007.12.20 03:21

南京事件70周年の翌日の南方都市報に朱学勤・上海大学歴史学部教授の論文が掲載されていた。
その論は決して親日的なものではないとはいえ、深く共感した。「パール・ハーバーの記念碑には
犠牲者の姓名がしっかり刻まれていたのに、南京大虐殺記念館には30万人の犠牲者の名前はない」

朱教授によれば、中国は世界有数の戸籍管理の厳しい国であり、犠牲者の姓名を調べようとすれば、
可能であるはずだという。中国政府は長く、民衆が南京事件に言及するのを禁じてきた。
それが許されたと思ったら、いきなり犠牲者30万人という数字が出てきた。朱教授は「数字が
大切なのか犠牲者を悼む気持ちが大切なのか」と訴え、政治宣伝の具と化している南京事件に
中国人自身が追悼の念を失いかけている点を鋭く突いている。

広島の原爆記念館にも靖国神社にも犠牲者・戦没者の名簿はある。知らない人の名を見て初めて
感じる痛みがある。3億元の財政的余裕があるなら、記念館の拡張ではなく、犠牲者の身元調査費に
投じるべきだった。

だが、70年間そうしてこなかった中国政府の怠慢を、中国人のほとんどは問題視しない。曖
昧模糊(あいまいもこ)な南京事件でこの一点こそ、まぎれもない本質のひとつではないのか。
(福島香織)

http://sankei.jp.msn.com/world/china/071220/chn0712200321000-n1.htm

▽関連スレッド
【産経】 福島香織女史、中国の記者証が更新できない~文革報道の柴田穂記者以来の国外退去も? [12/17]
http://news24.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1197900698/

南京虐殺(1937年)の生存者、夏淑琴さん(79)が書籍で「偽の被害者」と指摘されたとして、
著者らに1500万円の賠償などを求めた訴訟の控訴審判決が21日、東京高裁であった。
柳田幸三裁判長は著者の東中野修道・亜細亜大教授と出版元の展転社(東京都)に
400万円の支払いを命じた1審・東京地裁判決(07年11月)を支持し、双方の控訴を棄却した。

夏さんは、米国人牧師が南京の状況を記録した資料に「8歳の少女」として登場し、戦後は証言活動を続けている。
東中野教授は98年出版の「『南京虐殺』の徹底検証」に「『8歳の少女』は夏さんとは別人。
夏さんは事実を語るべきだ」と記していた。
柳田裁判長は「指摘が真実との証明はなく、夏さんの名誉感情を著しく侵害した」と判断した。

展転社は「不当判決だ。上告の方向で検討している」とコメントした。
夏さんは「今日の勝訴は大変感動しました。被告が上告した場合、最後まで闘う」と話している。

http://mainichi.jp/select/jiken/news/20080522k0000m040101000c.html

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この記事に対するコメント

誇張されてもなあ
でも30万どころか10万人にも満たないなら
お宅らの言う「南京大虐殺」は誇張であって、事実ではないってことになるんだが意味わかる?
【2008/05/23 05:42】 URL | h #- [ 編集 ] top

どうも
あの第二人称の相手は支那中共のことですよね?
>>事実ではない
その通りなんじゃないですか。
【2008/05/24 23:22】 URL | 冷凍力 #kN2haGWQ [ 編集 ] top


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  • Author:冷凍力
  • ニュース・コメント・ブログ「膳所狒々新報」主筆。
    立ち位置は外交安保教育刑事分野で右、社会経済分野で左。
    一応貴族で爵位は猴爵およびシーランド公国男爵。
    膳所の某所山奥に在住の好色酒好き秘湯ヲタの絶倫狒々(冷凍力)が戯言を宣います。キーワードは是々非々(部分否定・部分肯定/全否定・全肯定)。
    別荘は西九州。
    最近のマイ・ブーム・・・リョーユーパンのマンハッタン、湖池屋のカラムーチョ・スティック、キリンのストロング・セブン、Wエンジン、COWCOW、鈴木Q太郎(ハイキング・ウォーキング)のヤマタイコク(ヒミコサマ)、神戸蘭子、寺田ちひろ、佐々木希、新妻聖子、喜屋武ちあき、浜田翔子、中村静香、杉原杏璃・・・等々。


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日本に”思想警察”を誕生させてはならない。この法案はそうなる可能性を秘めている戦後最悪の危険な法案である。
敵性傾向の濃厚な国内最大規模の一部外国人集団に国家統治権の一部たる地方統治権=外国人参政権を付与するという日本開闢以来最悪の愚挙を断じて許してはならない。これは正真正銘真正の売国行為であり、100%違憲行為である(某傍論のごときアタマノイカレタトンチキ理論は完全除外)。

特亜政府地方参政権保持特別永住者地方政府日本政府

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