渡辺恒雄
「日本の首相の靖国神社参拝は、私が絶対に我慢できないことである」 今後誰が首相となるかを問わず、いずれも靖国神社を参拝しないことを約束しなければならず、これは最も重要な原則である。・・・もしその他の人が首相になるなら、私もその人が靖国神社を参拝しないと約束するよう求めなければならない。さもなければ、私は発行部数1000数万部の『読売新聞』の力でそれを倒す。

膳所狒々新報

寒々冷え冷えとしたニュースコメントブログ:旧名「冷凍力の膳所狒々日記3」

このページ内の記事タイトルリスト

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

資料 鳩山家

(読者の声2) チャーチルはスカッチでなくワイン好きでしたか。
以下、小論です。
 鳩山法相は29日、有楽町の日本外国特派員協会(FCCJ)での講演で、「
私の友人の友人がアルカイダだ。バリ島中心部の爆破事件に絡んでおり、私は中
心部は爆破するから近づかないようにとアドバイスを受けていた」と発言した。
講演後、別の場所で「友人に聞いた話で、私が発生前に爆破計画を知っていたと
いうことではない」と発言内容を訂正しました。
これを同夜ポンギ電波局の番組でF舘が取り上げて、「なんでそんなこと言っちゃ
ったんでしょう」と怒気をこめたコメントをし、脇の加藤千洋が「分かりません
ねえ」と深刻ぶった紳士面した表情で応じていました。
こんな舌足らずな報道をされても視聴者は一体何のことか判りません。
報道するなら、きちんと全体を掴んだ上で流し、それにしっかりしたコメントを
してほしいものです。
これには、意図的に鳩山法相の勇み足発言をデフォルメして、揚げ足取りをしよ
うとする報道姿勢が窺えます。
暗闇から牛的に受け止められた鳩山発言には、それなりの会見の流れがありまし
た。
鳩山法相はこの会見で、日本政府が来月20日から、日本に入国する外国人の顔
写真を撮り、両人差し指の指紋を採る制度を導入することについてしゃべり、外
人記者からその必要性を訊かれ、制度の趣旨を説明する事例として「私の友人の
友人のアルカイダ」のことをしゃべってしまったのです。
用意された想定問答集にそんな模範解答はアルカイと思うのですが、記者席の最
前列にいた同行の法務官僚氏は、この鳩山発言に青ざめていました。
入国時に指紋をとられることになる外人記者たちから、次々に突っ込んだ質問の
矢が放たれ、その度にこの法務官僚氏は身を屈めて演壇へにじり寄り、鳩山法相
に助言をしていました。

FCCJでは今まで数多の大臣が会見をしていますが、永田町の国会の予算委員
会などで大臣が後方の官僚から助言されると同じ光景を、あそこで呈したのは同
氏が初めてでしょう。
死刑制度の運用についての先のトンデモ発言もあり、部下の法務官僚達から信頼
されておらず、危うい大臣と思われているのでしょう。
鳩山法相は話の枕に、FCCJとの個人的な繋がり(岳父が豪州人ジャーナリス
トでFCCJのメンバーだった)を披瀝し、アメリカンクラブの飯は不味いがこ
こは旨い、ワイフはここのローストビーフサンドのファンだとしゃべり始め、和
やかな雰囲気を醸しましたが、 接続詞なく、話題を憲法問題に一転させ、現在の
憲法はGHQから押し付けられたもので改憲すべきだと打ち、GHQと一緒に日
本に上陸したジャーナリストが設立したFCCJの現在の面々を吃驚させていま
した。
一信教はテロの根源、日本人は縄文時代稲作から発展した平和を愛する穏やかな
民族、貧困と犯罪を持ち込む外人の入国は制限するなどと述べ、最後は、法務省
に人権擁護局があっても人権擁護の法律はない、だから人権擁護法があってもい
い、と言い放って会場を去りました。
鳩山氏が人権擁護法案の成立に熱心なのは、その成立に熱心な同じ灯台出身の法
務官僚たちにうまく懐柔されているからでしょうか。


(宮崎正弘のコメント) 切手だか、世界の蝶々だがを集めるのが趣味の人、最
初に衆議院にでたとき『週刊文春』が辛辣にこう書きました。「音羽幼稚園のP
TA会長と間違えるな」って。
 いまや法務大臣ですか。
「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 
平成19年(2007年) 10月31日(水曜日) 貳
通巻 第1983号
スポンサーサイト

資料 コピペ 樺太

樺太に残留した日本人女性を支援する活動をしているという女性が、NHKのラジオで下のようなことを話ていた。

「樺太に残留した日本女性は、ほとんどが終戦後レイプや脅迫によって朝鮮人
の妻にさせられた女性です。脅迫というのは、自分と結婚しないと、ソ連当局
に密告して家族全員を収容所送りにしてやる、というような脅しだったらしい。
終戦から2年後ぐらい後に日本の船が日本人を迎えに行ったときは、すでに妊
娠していたため帰るのをあきらめたという。」

14才から40歳くらいまでの女性は、全員強姦された上、陰部を刺されて殺され
、その他、目玉をえぐる、内臓を掻き出す、子供の指をそろえて切り落とす、
針金で数珠つなぎにする、生きたまま皮をはぐ、手首足首を切り落としてばら
ばらにする、口に砂をつめて窒息させるなど、「日本人には考えつかない猟奇
的な方法」で殺害されている。斧で顔をぐしゃぐしゃにされた人以外、一人一
人の検死資料も残っており、記録を見ると胸が押しつぶされる気がする。また
誌面に限りがあるので書ききれないが、満州から引き上げてくる無防備な日本
開拓団の人々に対し、ロシア兵も八路軍(中国共産党軍)も朝鮮八路軍も暴虐
の限りを尽くしている。

後からやって来た国民党の正規軍も格好は良かったが、賄賂や婦女暴行は日常
茶飯事だったという。筆者の親戚に何度か捕らえられたが脱走し、最後には親
切な中国人にかくまわれて奇跡的に一命を取り留めた人がおり、詳しい手記を
残している。

日本女性を連れ去って強姦する、それから中国残留孤児には「父親とはぐれ」
と言うのが良くあるが、これははぐれたのではない。父親は連行されて虐殺さ
れたのである。この親戚は、中国共産党軍が、開拓団の団長や日本の官吏であ
った人々を、川原に引き出して銃で撃った上、銃剣で蜂の巣のように突き刺し
たり、首だけ出して生き埋めにしておいて、死ぬまで軍靴で顔面を蹴り、なぶ
り殺しにする所をその目で見たと書いている(原文には犠牲者の名前も書いて
ある)。


資料 人権擁護法案

どうなる人権擁護法案 推進派・反対派の動き活発化 政局の火種にも?
 2年前に自民党を賛否二分した人権擁護法案が再び動き出した。推進派で休眠状態だった自民党人権問題調査会(会長・太田誠一元総務庁長官)は、来年の通常国会への法案再提出に向け、来月3日の活動再開を決定。反対派も若手議員が29日に勉強会を開くなど活動を活発化させた。新党構想を掲げる無所属の平沼赳夫元経済産業相らも反対しており、推進派が法案再提出を強引に進めれば、政局含みの展開になる可能性もある。

 人権擁護法案は野中広務元幹事長が旗振り役となり、平成14年に国会に提出されたが、野党やメディアの反発を受け、廃案になった。17年2月に古賀誠選対委員長らが再提出を試みたが、安倍晋三前首相や平沼氏らが強硬に反対し、断念した。

 しかし、安倍氏の辞任を受け、空席だった党人権問題調査会長に古賀氏の腹心である太田氏が就任。顧問に伊吹文明幹事長ら党4役らが就任した。公明党も推進派を後押ししており、「自民党執行部にこれほど法案の理解者がそろうことは珍しい。今回が最後のチャンスかもしれない」(幹部)と期待を示す。

 福田政権発足により、反対派の安倍氏、中川昭一元政調会長、慎重派の麻生太郎前幹事長らはいずれも無役となった。反対派議連「真の人権擁護を考える会」のメンバーの多くは郵政解散で落選し、会長の平沼氏は無所属のままだ。民主党にも法案に大筋で賛同する議員が多いため、法案を再提出すれば、ねじれ国会の中でも成立する可能性は十分ある。

 反対派が危機感を募らせる中、若手有志の「伝統と創造の会」(会長・稲田朋美衆院議員)は29日、ジャーナリストの櫻井よしこ氏を講師に招き勉強会を開催した。

 櫻井氏は「非常に問題の多い法律で、悪用したい人がいれば、本当に便利な法律だ」と法案を激しく批判。出席議員からは「『人権』は、使い方により諸刃の刃になる危険な言葉だ」などと賛同の声が続いた。

 反対派は今後、民主党の一部とも連携し、超党派で反対運動を広げていく構えだ。「真の保守勢力の結集」を掲げる平沼氏も人権擁護法案に断固反対を表明しており、政府・与党の動き次第で政界再編を加速する可能性もある。
http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/071129/stt0711291942005-n1.htm

人権擁護法案、外国人参政権付与の動きにご注意を

 今朝の産経は3面で「外国人参政権付与 首相次第?」「公明に各党同調 自民反対派は沈黙」という見出しの記事を掲載しています。要は、これまで棚上げされてきた外国人参政権付与法案の成立に向け、公明党を中心に与野党に動きが出ているという内容です。記事は同僚記者が書いたものですが、《参院では外国人参政権に比較的熱心な野党が過半数を占めており、「外国人参政権法案に反対した安倍晋三前首相と対極にある」(自民党中堅)と指摘される首相が、積極的に取り組む可能性も捨てきれない》と締めくくっています。

 私は昨年の自民党総裁選以前からこれまで、仮に福田政権が誕生したら、この外国人地方参政権付与の問題や人権擁護法案、ジェンダーフリー、靖国神社代替施設建設…などに手をつける恐れがあると繰り返し紙面やこのブログで書いてきました。いずれも安倍氏が強く反対し、封じ込めてきた政策ですが、いよいよその実現を目指す動きが表面化してきたということでしょうか。外国人参政権実現を主張する大韓民国民団の集会については先日のエントリで紹介しましたが、人権擁護法案の方も最近、注意すべきできごとがありました。

 5日前の産経は政治面に、小さく「自民人権調査会 四役ら顧問就任」というベタ記事を載せています。しかし、扱いは小さくても、内容は重大でした。人権擁護法案を推進する自民党の人権問題等調査会(会長、太田誠一元総務庁長官)の顧問に、伊吹文明幹事長ら党四役と、青木幹雄前参院議員会長、山崎拓元副総裁ら重鎮クラスが就任したことが分かった、という内容です。つまり、来年の通常国会への人権擁護法案提出に向け、自民党は本腰を入れてきたということですね。記事はこう経緯を書いています。

 《人権擁護法案は平成14年3月に国会に提出されたが、メディア規制をめぐり、野党や報道機関が反対し、廃案になった。平成17年に同調査会を中心に法案再提出を目指したが、安倍晋三前首相らが強く反対し、頓挫した。中川昭一元政調会長は昨年10月、会長ポストを空席にし、同調査会は活動を休止させていた》

 この法案は、古賀誠選挙対策委員長や二階俊博総務会長が推進に熱心なことで知られています。自民党若手議員の「伝統と創造の会」(稲田朋美会長)は今月、「人権侵害の定義があいまい」「人権委員会の権限が強すぎる」などとして反対していく方針を決めていますが、多勢に無勢というか、この会だけでは流れを変えることは難しいだろうと思います。なにせ、ノンポリが中心で何も考えていない議員が大半の自民党では、いまだにこの法案について「人権を擁護するんだからいいんじゃない」「選挙に向けていいイメージがもたれるのでは」などと考えている人が多そうですし。

 実際は、法務省の外局に新設する「人権委員会」に令状なしの調査権を与えたり、実務を担当する人権擁護委員の対象を日本人に限っていないなど、この法案は大変な危険をはらんでいることは周知の通りです。名称をもじって、「人権屋擁護法案」と呼ぶ人もいるようですね。それにしても、安倍氏という防波堤がいったん崩れると、次から次へと好ましくない問題が噴出しています。沖縄集団自決をめぐる教科書検定への政治介入もそうですし、東シナ海のガス田試掘手続きの取りやめもそうですし、対北朝鮮関係における拉致問題の優先順位が下がっていることも…。

 そんなことを思いつつ、きょうたまたま手に取った雑誌「月刊日本」12月号に、平沼赳夫衆院議員のインタビュー記事が載っていて、人権擁護法案についての言及があったので紹介します。平沼氏は人権擁護法案の成立について「私はもちろん、それをもう一度防ぐべく死力を尽くすつもりだ」と語っています。日本人のため、ぜひ頑張ってもらいたいところです。平沼氏は中川昭一氏の保守系勉強会にも参加しましたし、年明けには活動を本格化させるだろう安倍氏とも連携してなんとかこれを阻止してもらいたいと思っています。福田首相は反対が強いとみるとひよるでしょうから。月刊日本から平沼氏の言葉を引用します。

 《この人権擁護委員には国籍条項がなかった。そして、一般の方は普通、自分の仕事が忙しいから人権擁護委員になかなかなろうという人はいない。すると、特殊な思想をもった人によって人権擁護委員会が構成される危険が非常に高いのだ。例えば、この法案が成立してしまったら、日本はどんな社会になっていただろうか。
 北朝鮮による拉致事件を真剣に考えている一般の人が北朝鮮への経済制裁を訴えたとしよう。すると、北朝鮮系の人々が「これは差別だ、侮辱だ、感情を傷つけ人権侵害だ」と訴える。すると、特殊な考えを抱いた人権擁護委員会が令状なしに家宅捜索に乗り出すのだ。》

 この説明を、極端な例えととらえるか、いかにもありそうな現実の話だと受け止めるかは人によって分かれるかもしれません。でも私は、とてもこれを笑い話だと思う気にはなれません。いわゆる人権派と言われる人たちの活動のねちっこさと執拗さ、サヨク系工作活動に専従して何で食べているのか分からない人たちのことを思い浮かべると、実際にこうした事態は起きうると思います。

 参院選に大敗した政府・自民党は、安倍氏の保守路線そのものが国民に否定されたというメディアの宣伝に騙され、また、そう考えた方がすべてを安倍氏に責任転嫁できるので安易に流され、福田首相のサヨク・リベラル路線もあってどんどん変な方向に向かっています。有権者の監視と厳しい叱咤、批判、怒りの声をきちんと届けないと、本当に日本の将来は危ないと焦燥感を覚えるきょうこの頃です。
http://abirur.iza.ne.jp/blog/entry/405037/



資料 靖国

今年6月にドイツで開催された主要国首脳会議(ハイリゲンダム・サミット)
での安倍晋三首相(当時)と中国の胡錦濤国家主席との首脳会談をめぐり、
中国側がその直前の台湾の李登輝前総統の訪日を理由に会談を拒否
していたことが27日、複数の関係者の証言で分かった。

しかし、日本側が譲らず、中国側が全面的に折れるかたちで決着、
会談は行われた。こうした安倍政権の“遺産”をどう継承できるかが、
今後の対中外交の焦点になりそうだ。

 関係者によると、サミット開催に合わせた日中首脳会談は、日中間の
戦略的互恵関係の促進や北朝鮮問題などを話し合うため、早い段階
で日本側が呼びかけ、中国も応じる構えだった。

 ところが、中国側は、5月末になって会談中止を通告してきた。
理由は、5月30日の李氏来日だ。中国政府は、28日の日中外相
会談で楊潔●(=簾の广を厂に、兼を虎に)外相が麻生太郎外相
(当時)に李氏訪日への懸念を表明していた。それにもかかわらず、
日本側が李氏の入国に何の制限も加えなかったことを問題視したのだ。

 これに対し、日本政府は、「サミット正式参加国は日本だ。
招待国の中国と無理して会談することはない」(当時の官邸筋)と
会談の提案そのものを引っ込めた。

 これにあわてたのが中国だった。すぐに「李氏は日本で講演を
予定している。これを(マスコミなどに)完全クローズにするなら
安倍氏と会談してもいい」とハードルを下げてきた。

 それでも日本側が「会談開催に李氏訪日の件を絡めるならば、
会う必要はない」という安倍氏の考えを伝えたところ、中国側は
6月3日になって「条件はつけない。ぜひ会談を行いたい」と全面的に譲歩。
8日の首脳会談が実現した。

(続きます)

産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/071027/plc0710272135004-n1.htm

2 :ニホン工作員モドキ ◆K2uaPy6hO. :2007/10/28(日) 18:55:58 ID:qHb7e2xh
つか、ビビッているのをおおっぴらに言うから…

3 :国際派φ ★:2007/10/28(日) 18:56:02 ID:???
李氏は7日に靖国神社参拝と講演を予定通り行い、講演では、
「多くの人々が中国経済の高度成長に惑わされ、危機の存在を
否定するが的外れだ」などとも語った。

 日本側は「首脳会談で胡主席が、李氏に靖国を参拝させた
日本を批判すると予想した」(官邸筋)。だが、胡主席は李氏の
靖国参拝にさえ触れなかった。

 中国側が強硬姿勢をあっさり転換したことについて、外務省幹部は
「それが中国の交渉術」とした上で、「これまで日本は中国の機嫌を
損ねることばかりを恐れ、相手の思惑通りに動いていた。
しかし、このときは日本がぶれず、譲歩を引き出した」と振り返る。

 外交筋は「安倍氏は靖国神社に行くとも行かないとも言わない
『あいまい戦術』というかたちで靖国カードを保持していたので、
中国も強く出られなかった」と解説する。

中国としては、あまり日本を刺激すると安倍氏が反中国の姿勢を
鮮明にし、結果的に、安倍氏の靖国参拝を招き、中国国内の
暴動や反政府活動を誘発しかねない状況になるのを恐れたというわけだ。

 政権交代後の今月11日に北京で開かれた東シナ海のガス田
開発に関する局長級協議で、中国側は、改めて強硬姿勢をみせている。

 こうした状況から、外務省内には「“親中派”の福田康夫首相に
花を持たせる考えはない」との見方も広がり始めた。
外交筋は、「福田首相は早々に『靖国には参拝しない』と述べ、
靖国カードを手放しており、くみしやすいとみている」と指摘している。

★日中合作の記録映画「靖国」、来年4月に日本で劇場公開

(画像)映画「靖国」の1シーン。国内外に波紋を広げそうだ
ttp://www.sanspo.com/shakai/top/sha200712/image/071210sha20071210081_MDE00264G071209T.jpg

日中合作のドキュメンタリー映画「靖国」が、来年4月に日本で劇場公開されることが9日、分かった。
靖国神社そのものに焦点を当てた初の記録映画で、小泉純一郎元首相(65)や東京都の石原慎太郎知事
(75)も“出演”。中国・韓国でも同時公開を目指すほか、ベルリンなど海外映画祭への出品も決まり、世界的
注目を集めそうだ。

A級戦犯合祀や首相ら政治家の参拝問題などで外交的にも物議を醸す靖国神社。ここが“主役”の初の
ドキュメンタリー映画が完成した。

しかも、靖国をめぐり何かと対立しがちな日本と中国の合作。監督も中国人で、日本在住が長く日本のテレビ
ドキュメンタリーを手掛けた経験が豊富な李纓(リ・イン)氏(44)。日本では文化庁が出資する異色作だ。

舞台は、ちょうど戦後60年目の平成17年の神社境内。軍服を着て闊歩し参拝する集団、首相の参拝を批判
する反対派、神社関係者に自身の先祖の廃祀を迫る人々…。靖国神社にそれぞれの思いを抱きながら境内を
行き交う姿を、「右」にも「左」にも偏らず中立的な立場でカメラで追っている。

賛成派と反対派の取っ組み合いや、星条旗を境内で掲げた米国人に対する周囲の反応などが赤裸々に映し出される。
当時の小泉首相が同年10月に参拝、会見で参拝の正当性を主張するシーンや、石原知事が境内で演説する場面もある。

こうした境内の喧噪とは別に、終戦まで境内で「靖国刀」と呼ばれる軍刀を作り、今も現役を続ける唯一の靖国刀匠の
男性(90)にも静かにスポットを当てる。

映画関係者によると、同作は日本で4月公開が決定。中国と韓国でも同時公開に向けて動いているという。
合祀をめぐる遺族の姿を追った記録映画は過去にあったが、靖国の存在そのものを中心とした映画は初めて。
日中韓で同時公開が実現すれば、風化も指摘される靖国問題がクローズアップされることは確実だ。

さらに来年1月にインディペンデント映画が対象の映画祭として有名な米サンダンス映画祭でコンペ部門に出品が決定。
2月には世界三大映画祭の1つ、独ベルリン国際映画祭でパノラマ部門で上映される。
アジアを越えて世界で「靖国」が議論の的となる。

■近年の首相の靖国参拝
小泉純一郎氏:総裁選時に「8月15日にいかなる批判があろうと参拝する」と公約。毎年1回参拝し、
18年には8月15日に参拝
安倍 晋三氏:「参拝するしないは申し上げない」として「あいまい戦略」を取る
福田 康夫氏:総裁選時に「相手の嫌がることをあえてする必要はない」と参拝見送りを明言

(SANSPO.COM 2007年12月10日 更新)
http://www.sanspo.com/shakai/top/sha200712/sha2007121008.html

(読者の声1)本日の産経新聞一面トップで、石原慎太郎東京都知事は、標題の
訴えを示唆する論考を提示している。
 昭和殉難者は、戦争期間中である占領下で、茶番劇ともいうべき「東京裁判」
で戦争犯罪人として処刑された。
 「日本よ」と題するコラムで石原慎太郎都知事は、まず古賀誠氏のTV発言(
おそらく下記の私のメールにある発言であろう)を絶賛する。
 曰く「先日家内が同席した婦人たちの集まりで、自民党の古賀誠氏の靖国神社
に関するテレビでの発言が大層話題になったそうな。集まりの中に家内を含めて
何人かの戦争遺児がいたという。古賀氏の発言に強く共感した彼女たちからの要
望で、古賀氏にそれを伝えて欲しいということで私もその発言のヴィデオを取り
寄せて見たが、私も、靖国についての日頃の思いからして共感させられ、早速彼
女たちのメッセイジを氏にとりついだ。 それは彼女たちの、そして戦争での戦
死者を身近に持つ者たちの、あの戦争の意味とか価値を超えた死者に対する情念
の問題だ。そうした個人の情念は決してたかがセンチメントとしてはくくれぬ、
人間にとっては絶対なもので、誰もそれを、何をかざしても否定できるものでは
ない。古賀氏は言葉少なではあるがそれをいい切っていた。そしてそれを全うす
る戦争犯罪人の分祀という術についても。」

 石原慎太郎氏は、「そうした個人の情念は決してたかがセンチメントとしては
くくれぬ、人間にとっては絶対なもので、誰もそれを、何をかざしても否定でき
るものではない。」と語る。そのことを私は否定しない。石原氏は、個人的には
、靖国神社に参拝する折は、昭和殉難者は除外して、参拝しているというような
ことを以前に語っておられた。 それは内心の自由というものもあろうから、私
は否定しない。どうぞ石原氏の心のままにお参りされますように。
だがしかし、政治的に、いわゆる「A級戦犯」(私どもは、「昭和殉難者」と呼
ばせて頂いておりますが・・・)の靖国分祀を支持していこうという意図で、標
題の訴えをしておられるのであれば、それは私も断固反対の立場を示さねばなり
ませぬ。 なぜなら、私も、「あの戦争の意味とか価値を超えた死者に対する情
念の問題だ。そうした個人の情念は決してたかがセンチメントとしてはくくれぬ
、人間にとっては絶対なもので、誰もそれを、何をかざしても否定できるもので
はない。」と石原氏が力説する立場を、私は私の立場で持っているからである。

 私が懸念するのは、石原慎太郎氏のような考え方の「保守派」も相当数いらっ
しゃるのだろうなっということである。中曽根大勲位殿をはじめ自民党にも大勢
いそうである。

石原氏は、「戦後の総決算」も、このコラムで主張されている。

 曰く
「敗戦後に行われた裁判はパル判事の発言や、結果として削除されてしまったイ
ギリス人オーストラリア人将校の弁護士たちの冒頭陳述にも見られるように極め
て非合法性の高いものだったが、しからばあの裁判で断罪された者たちのすべて
に戦争に関する責任がなかったとは絶対にいえはしまい。」

 そう言って、東條英機陸軍大将の「戦陣訓」を挙げ、その影響を「アメリカ軍
が撮った、あの激戦地サイパンで米軍の捕虜になるのを恐れてバンザイ・クリフ
から身をなげて死んだ民間の女性の映像一つ見てもいえることだ。」と述べてい
る。
さらに辻政信をその論拠として挙げ、持論の正当性を訴えている。

 石原氏は、こう訴える。

「あの東京裁判に異議があるならば、その批判をも含めて日本人は国民が正当に
選んだ者たちによる、あの戦争の真の責任者たちの糾明を行ってこなかったのだ
ろうか。」「そうした怠慢が今日、靖国の存在の意味を悪化させ、戦争という過
酷な時代に、力ない者たちが肩よせあって生きて死んだ悲惨で美しい心の歴史を
も否定し、対外的にも日本人の心象を誤解に導き、日本人としての最も深いとこ
ろにある情念までも否定させつつある。」
 そして結論はこうだ。
「天皇陛下も含めてせめてすべて遺族、親族が晴れ晴れ参拝が出来るためにも、
遺族を代表して行われた古賀氏の発言はすみやか果断に実現されるべきに違いな
い。」

そのようなことは、断固として阻止せなばならない。

 君民一体で戦った大東亜戦争。 東條英機首相(陸軍大将)をはじめ国家指導
者も、国民も、「開戦の詔書」を受けて、あの「聖戦」を戦った。 「戦争責任
」というようなことを、軽々しく受け入れてはいけない。それでは、「戦争の犯
罪者は国家指導者で、国民はその犠牲者だった」という東京裁判やシナなど連合
国の主張そのままを受け入れることになる。 我が国の国体の否定でもある。 
それに、その議論の延長には、「政治指導者のみに、ほんとうに戦争責任を被せ
ていいのか、ほんとうの戦争責任者は天皇である」とするような議論の火種に、
逆に油を注ぐことにもなるからである。
 東條英機宣誓供述書が、「大東亜戦争の真実」として、東條由布子編、渡部昇
一解説 で、WACより出版されている。
 この東條陸軍大将の開戦に至る世界情勢の認識は、まさに当時の国民の認識で
もあり、また私の父の認識でもある。
 このような「日本を戦争へと追い込む」国際包囲網に、戦争責任ということを
言うのであれば、それこそ「他にも戦争責任者がいるのではないか。」

冗長になってしまったが、石原慎太郎東京都知事の極めて政治的な信念の吐露で
ある 「天皇陛下も含めてせめてすべて遺族、親族が晴れ晴れ参拝が出来るため
にも、遺族を代表して行われた古賀氏の発言はすみやか果断に実現されるべきに
違いない。」
については、断固、そのようなことを実現させてはならないことを、改めて訴え
ておきたい。
      (藤田裕行)


(宮崎正弘のコメント)馬脚が現れ始めた知事、頭の中は北京に土下座しても東
京五輪、北京になびく政治家にも近づこうという計算ですか。歴史観の信念より
、目先の政治的利益が大切だったのですね。
 この失言をきっかけに東京五輪反対運動が起きるのではありませんか。
「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 
    平成20年(2008年)9月9日(火曜日)
通巻第2312号  (9月8日発行)



資料 麻生氏固辞

http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/86678/
【首相交代】(下)麻生氏固辞 挙党の思惑はずれ
09/26 01:45
ブログを書く印刷する
この記事について書かれたブログ(21)
トラックバックURL: http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/86678/TrackBack/

 「本院は福田康夫君を内閣総理大臣に指名することを決しました」
 25日午後1時半。衆院議長、河野洋平の声が衆院本会議場に響くと、福田は席を立ち上がり晴れやかに一礼した。与党から大きな拍手がわいた。
 首相を退任した安倍晋三は福田の様子を最後列でジッと見つめ続けた。昨年9月26日に同様の拍手を浴びた自らの姿を重ね合わせていたのだろうか。安倍は午前中の安倍内閣最後の閣議では「山積する課題を前に去るのは断腸の思いだ」と吐露していた。
 安倍が本会議場に姿を現したのは午後1時3分。すでに開会を知らせるベルは鳴り終え、ほとんどの議員は安倍の入場に気づかなかった。前幹事長の麻生太郎が「本当にお疲れさまでした」と歩み寄ると、安倍は立ち上がろうとしたが、麻生は「そのままで…」と押しとどめ、深く頭を下げた。2人は握手で別れたが、安倍が本会議場で笑顔を見せたのはこの一瞬だけだった。
   × × ×
 24日朝、東京・神山町。久々に自宅でゆっくりしていた麻生は枕元の携帯電話の着メロに起こされた。声の主は福田の所属する町村派重鎮だった。
 「福田から何らかの入閣の打診があるかもしれないが、その時は受けてもらえないか」
 麻生は「私は長い間要職を与えていただいたので、しばらくゆっくりしようと思っています」と丁重に断ったが、声の主は「党が一致結束するためにもよろしく頼むよ」と念を押した。
 この数時間後、再び麻生の携帯電話が鳴った。今度は福田だった。
 福田「ぜひ内閣の一員として協力していただきたいのですが…」
 麻生「大変有り難いお言葉ですが、私は一政治家として内閣に協力したいと考えています。それよりも私を支持してくれた甘利明(経済産業相)や、鳩山邦夫(法相)らをぜひよろしく」
 福田「まあ、一晩よく考えてください」
 穏やかな会話の中に、福田と麻生の政治的思惑が交錯した。
 福田にとって、総裁選で197票を獲得した麻生は「野放しにできない」存在だった。将来の「福田降ろし」の温床ともなりかねない麻生支持勢力を骨抜きにするためには、麻生自身を閣内に取り込むのが最善の一手だった。
 これに対して、麻生はそうやすやすと福田に取り込まれるわけにはいかなかった。派閥の締め付けに耐えて支持してくれた議員の気持ちを考えず、自らが入閣すれば求心力が一気に弱まるからだ。
 福田は25日の衆院本会議場でも「考えてくれましたか」と麻生に握手を求めたが、麻生の気持ちは変わらなかった。
 官房長官に就任した町村はよほど悔しかったとみえ、初会見で「長い閣僚生活にくたびれたならば、なぜ首相に立候補したのか」と皮肉った。
   × × ×
 24日に行われた「党四役」人事には早くも不満の声が噴出した。特に第2派閥ながら安倍政権に続いて派内から党四役を出せなかった津島派は、財務相の額賀福志郎が総裁選出馬断念に追い込まれた経緯もあるだけになおさらだ。
 25日昼に都内で開かれた津島派の臨時運営幹事会。会長の津島雄二は「四役に代表選手を送り込めず申し訳ない。福田総裁は閣僚ポストでできるだけ配慮すると言ってくれた」と釈明したが、数名が「党執行部にきっちりモノが言える派閥運営をすべきだ」と不満を爆発させた。
   × × ×
 衆院での首相指名選挙直前に、福田は国会内で開かれた公明党の代議士会に顔を出した。
 「ここに来ても特別な所に来た気がしない。しっかり協力関係を築き、誠心誠意つとめたい」
 久々のハト派政権を歓迎する公明党は大きな拍手で福田を迎えたが、続いてあいさつした自民党幹事長の伊吹文明の言葉に、前代表の神崎武法らの笑顔が一瞬消えた。
 「政策は大事だが、人間の信義というものがある。苦しい時も約束を守る。うれしい時に有頂天になり、苦しい時にした約束を忘れるようでは、どんなに政策が立派でもこういう人間関係はうまくいきません」
 伊吹にも拍手が送られたが、ある公明幹部は「『自民党の弱みにつけ込むようなマネはするな』とクギを刺しにきたのか」といぶかる。
 7月の参院選で愛知、埼玉、神奈川で現職候補を落とす歴史的大敗を喫した公明党は、その敗因を「自民党に追随しすぎ、ブレーキ役を果たさなかったためだ」と結論づけた。支持母体の創価学会からも「閣外協力も視野に入れるべきだ」との声も上がる。
 13日昼に開かれた公明党衆院議員団会議では、国土交通相の冬柴鉄三が「自民党といつまでも『親密なだけの関係』を続けていてよいのか。自民党は選挙で応援してほしいだけなのかもしれない。考えを変えていかなければいけない」と言い切った。長く自民党とのパイプ役を務め、「自民党よりも自民党らしい」といわれてきた冬柴の発言だけに周囲は驚いた。
 閣僚差し替えを最小限にとどめ地味なスタートを切った福田政権。25日夜、福田と公明党代表の太田昭宏との初の党首会談がなごやかに行われたが、自公の絆(きずな)にはすでにほころびが見え始めている。(敬称略)=この企画は石橋文登、水内茂幸、佐々木美恵が担当しました。

資料 日本側の妥当な歴史観とはなにか

307 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2007/10/26(金) 22:44:38 ID:xHnjULxd
私の私見では、日本軍は第一に資源を確保するために東南アジアに侵攻した。
これが日本の自己利益だ。
第二の目的がアジア解放だ。これは他者利益だ。
第一の主目的(利己)は第二の副目的であるアジア解放(利他)に優先する。
また第二の目的は第一の目的に反してはいけない。かつコストがかかりすぎてもいけない。 よく考えるとこの場合の第二の目的は第一の目的を補強する性質の物であるとわかる。 結果論なんかではなく日本がアジア解放のために戦ったというのは半分は間違いなく本当なのだ。

資料 すすり泣いた 安倍

【政治】病床で“すすり泣いた”安倍前首相は「(総裁選で)麻生に1票入れた」…週刊新潮
1 :ぽこたん( ・∀・ )φ ★:2007/09/28(金) 19:50:36 ID:???0
病床で「すすり泣いた」安倍前首相は「麻生に入れた」
http://www.shinchosha.co.jp/shukanshincho/newest/
http://www.shinchosha.co.jp/shukanshincho/ 週刊新潮:10月4日号の33ページより


安倍前首相は入院中、総裁選から完全に蚊帳の外。病床で涙を見せることさえあったという。
そして、自らの投じた渾身の1票もまた畏友を勝たせることはなかったのである。
その胸中、いかばかりか…。
12日に辞意表明の会見を開き、翌日には慶応病院に入院した安倍氏。だが、見舞い客を受け入れると収拾がつかなくなるとの判断から、
安倍氏と面会が叶った政治家は、麻生前幹事長と与謝野前官房長官のみだった。麻生氏周辺によると、「麻生さんが14日、自身の稔裁選出馬を
報告するため病室を訪ねると、テレビは切られ、新開、雑誌の類もなく、室内は静寂そのもの。クーデター説が流布されていることを伝えたら、
安倍さんは"そんな話が…"と絶句していた」というから、病状の安倍氏が、いかに情報から隔絶され、総裁選の局外に置かれていたかが窺える。
政権を投げ出した無責任な首相…。渦巻く批判が病身に届かなかったとすれば、ある意味、幸いだったかもしれない。が、安倍氏を苛んだのは
むしろ忸怩たる思いだったろう。麻生氏が病院に見舞ったのと同じ日、安倍氏の母校・成蹊大の同窓生で"無二の親友"が病室を訪ねた折、
彼は不覚にも安倍氏の前で泣き出してしまった。 その時、口元を震わせつつも歯を食いしばり、懸命に涙をこらえていた安倍氏--。
志半ばで倒れた無念。友人にはそれが痛いほど伝わったというのである。そして、こんな話も。
「町村派の議員が安倍さんに見舞いの電話をした時のこと。ふと電話の向こうが〝無音″になり、よく開くと、すすり泣きの声がしたというのです。
議員もつい、もらい泣きしてしまったそうですよ」(政界問係者)

>>2以降に続く


2 :ぽこたん( ・∀・ )φ ★:2007/09/28(金) 19:50:56 ID:???0
しかし、何より、病床の安倍氏を煩悶させたのが、他ならぬクーデター説、つまり麻生氏や与謝野氏ら政権中枢による
"首相追い落とし工作"があった、との噂である。
総裁選の告示前に流れたこの説で、麻生氏が完全な劣勢に立たされることになったのは周知の通りだが、「安倍さんと麻生さんは、
小泉政権下でそれぞれ官房長官、外相だった時に対中、対北政策などで同調。以来、国家観や政策が近いことで互いに認め合うようになり、
安倍政権でも二人三脚でやってきた仲です。それだけにクーデター説には本当に心を痛めていました」とは、さる町村派関係者。
「しかし、総裁選期問中に自身がそれを否定し、麻生氏支持と受け取られかねない言動を取るのはかえってまずいと考え、ひたすら発言を慎んできたのです」
さる24日、総裁選翌日に病院で会見に臨んだ安倍氏は、麻生氏や与謝野氏の名を挙げて「最後まで私を支えてくれた」と述べ、自らの口で
初めてクーデター説を否定したものの、自身の投票先については依然、「去っていく前総裁が申し上げるぺきことではない」と、明らかにしなかった。
が、先の町村派関係者はこう明かす。「安倍さんは不在者投票で、麻生さんに入れました」 
その〝信念の1票″も、しかし、大勢が決した中では無力でしかなかったのだ。

☆関連スレ
【政治】安倍前首相が麻生謀略説を否定した「真意」…病院での会見は森元首相を振り切っての決断だった★2
http://news22.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1190825902/l50
【政治】安倍首相が病院で会見「麻生クーデター説、そんな事実は存在しない」と否定…でも、謀略説広めた?読売新聞は触れず★3
http://news22.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1190637369/l50
【政治】 麻生氏 「(クーデター否定について)良かった」「安倍首相、かなりやせている。正直、心配だ」★2
http://news22.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1190678951/l50

資料 安倍 麻生クーデター否定 選対 古賀VS二階

http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/86508/
【首相交代】(中)謀略否定した首相の「真意」
09/24 23:06
ブログを書く印刷する
この記事について書かれたブログ(32)
トラックバックURL: http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/86508/TrackBack/

 東京・信濃町の慶応病院総合科学研究棟1階の会議室。12日ぶりに公の場に姿を現した首相、安倍晋三に保守派論客として鳴らした絶頂期の面影は消えていた。

 「所信表明直後という最悪のタイミングに辞意表明したことを深くおわび申し上げます。辞任を決意した最大の要因である体調の変化を触れず非常に申し訳なかった…」

 髪を整え、濃紺のスーツに身を包んでいたが、やせたためにワイシャツの首元は緩み、言葉は途切れがちだった。

 安倍がこれほどやつれた姿をカメラにさらしたのは、25日の国会の首相指名を前に国民に「おわび」したかったことが最大の理由だが、実はもう1つあった。

 総裁選中に流された前幹事長の麻生太郎、官房長官の与謝野馨に向けられた「謀略情報」を否定するためだった。元首相の森喜朗の制止を振り切っての決断だった。

 「麻生は安倍を続投させ、次期総裁への足場を築こうとした」「安倍は辞任直前に『麻生にだまされた』と漏らした」-。

 このような情報は新総裁の福田康夫が出馬を決めた13日夜に突然流れ始めた。これを知った麻生は当初、「誰がそんなくだらないウソを…」と取り合わなかったが、情報の出所を知り、耳を疑った。安倍と親しい町村派幹部だったからだ。

 麻生は14日午後、総裁選の報告をかねて、安倍の見舞いに病院を訪れた。自らの窮状を訴えたい思いもあったが、やつれ果てた安倍の姿を見て言葉を飲み込んだ。

「おれは首相がこれほどの病を我慢して頑張ってきたことに気づかなかったのか。本当に申し訳ないことをした」。謀略情報で麻生が反撃すれば、安倍を傷付けることにもなりかねない。こう考えた麻生は一切のデマに口をつぐむようになった。

 謀略情報は与謝野にも及んだ。「麻生と与謝野は安倍をカヤの外に置き、勝手な人事を推し進めた」。温厚な与謝野もこれには激高した。

 18日午前、首相不在で開かれた閣僚懇談会後、与謝野は外相の町村信孝を呼び止めた。

 与謝野「町村派がとんでもないウソを流している。知ってて止めないならばあなたも同罪だ!」
 町村「誰のことを言っているんだ」
 与謝野「言われなくても分かるだろう」

 入院後、1週間は点滴だけで栄養をとっていた安倍だが、次第に容体は安定し、総裁選の情報もジワジワと耳に入るようになってきた。「麻生さんに申し訳ないことをした」。安倍は周囲にこう漏らしたという。

 記者会見の最後に、「麻生・与謝野謀略説」を問われた安倍はきっぱりとこう言った。

 「そういう事実はまったくありません。麻生氏も与謝野氏も本当によくやっていただいた。感謝しています」

 その厳しい目つきには、病に倒れたがゆえに自らの政治路線を自民党に否定された無念さがにじみ出ていた。

   × × ×

 「チーム自民党が一丸となって、この難局を乗り切りたい」

 安倍首相の会見に先立つ24日正午。自民党本部6階で開かれた臨時総務会では、総務ら約30人に総立ちで迎えられた新総裁の福田康夫がにこやかにこう切り出した。

 福田に指名された新幹事長の伊吹文明は、満面の笑みで「『チーム安倍』ではなく『チーム自民党』です」と安倍政権を皮肉った。

 福田は、党則を変え、「党三役」を「党四役」にし、選対総局長に代わる選対委員長に古賀誠が就任することを説明。古賀の笑顔に対し、再任された総務会長の二階俊博は最後まで仏頂面を崩さなかった。

 「党の重要な仕事をやっていただきたい」

 福田が、伊吹や二階らに電話で新役員への就任要請したのは、23日午後11時ごろ。福田はポストまでは明言しなかったが、念頭にあったのは二階が選対総局長、古賀が総務会長だった。

 ところが、24日午前、4人が党本部4階の総裁室に入って約1時間半の間に古賀、二階の人事はひっくり返った。二階の仏頂面の理由はここにある。総裁室から出た古賀は、「自分で言うのもおかしいが、『選挙は自分が一番適任だ』と総裁に申し上げた。まあ私の希望だ」と語った。

 福田擁立の立役者であり、福田周辺から幹事長職を打診されていた古賀にとって、総務会長は納得できる役職ではなかった。総務会は自民党の最高意思決定機関だが、日常業務で実権は少ない。党務にたけた古賀はそれを熟知しており、「かつての総務会は全会一致だったが、最近は多数決になったから総務会長も飾りみたいなものだ」と周囲に明言していた。次期衆院選に向け、党務全般を取り仕切る幹事長に比べ、総務会長は「飾り」に映ったのかもしれない。

 その点、選対総局長は格落ちだが、選挙対策の実務を取り仕切る仕事だ。古賀は「名より実」を選んだわけである。

 福田は古賀の要望を全面的に受け入れ、総裁直属機関の選対委員長として格上げした。党四役入りするため、警護官(SP)もつくことになる。

 この決定を聞いた閣僚経験者は「総裁直属機関ということは幹事長の意向も無視できる。しかもゴネ得を許してしまった。各派領袖はますますゴネ出すぞ。福田は就任早々大変なミスをしてしまった」とつぶやいた。

 古賀は総務会後、伊吹や二階らに「選挙はみんなでやることだから協力をお願いします」と頭を下げたが、この言葉に1人は「さっそく命令する気か」と憤慨した。政権のきしみは早くも始まっている。(敬称略)

資料 反麻生陣営 新YKK・森の暗躍

http://www.sankei.co.jp/seiji/shusho/070924/shs070924008.htm
【首相交代】(上)新YKK“謀議”で「反麻生」 いつの間にか町村派主導



自民党総裁に決まり、議員らの拍手に応える福田康夫氏。首相指名を受ければ初の「親子首相」誕生となる=23日午後、自民党本部
 福田康夫を第22代総裁に選出した23日の自民党両院議員総会。福田が滝のようなフラッシュを浴びる中、両院議員総会長の谷川秀善が首相、安倍晋三のメッセージを読み始めると会場は急に静まりかえった。

 「首相の職を辞すことにより、今日の政治空白を招いたことに対し、麻生太郎幹事長をはじめ、自民党所属国会議員、党員・党友、そしてすべての国民の皆さまに心よりおわび申し上げます」

 メッセージで実名が挙がったのは麻生だけ。「自分が麻生支持を表明すれば、逆に麻生に迷惑がかかるかもしれない」と考えた安倍の最大限の配慮だった。それを感じ取った麻生は微動だにせず、目を潤ませた。

 北朝鮮問題などで安倍と敵対してきた福田が総裁選で圧勝したことは、自民党が「戦後レジームの脱却」を掲げた安倍路線を否定したことを意味する。「安倍路線の継承」を掲げた麻生は8派閥に包囲網を敷かれ、締め上げられた。あまりに厳しい選挙戦に、麻生陣営のある閣僚経験者は「今回の総裁選にスポーツマンシップはない。ケンカだ」とこぼした。

 その麻生が、下馬評をはるかに上回る132票もの国会議員票を獲得したことは、自民党に大きな衝撃を与えた。両院議員総会終了直後、握手をしようと追いかけた福田を振り払うかのように、麻生は演壇を降りた。自民党が昭和40~50年代の「角福戦争」のような闘争に突入していくことを予感させる瞬間だった。

 福田陣営が党本部1階で開いた報告会には、支持議員約60人が集まった。津島派会長で元厚相の津島雄二、山崎派会長で元副総裁の山崎拓らは、「夢か幻か…」と目を潤ませる福田を満面の笑みで迎えた。

 しかし、福田擁立の立役者である元幹事長の古賀誠や加藤紘一の姿はなかった。元首相の森喜朗は、腹心の前幹事長、中川秀直に「ご苦労さん」と静かに声をかけ、福田と握手を交わしたが、笑顔を見せることはなかった。

                   ◇

 「11月にはテロ対策特別措置法の審議が行き詰まるだろう。そこがチャンスだ」

 安倍が辞任を表明する前日の11日夕、東京・紀尾井町のホテルニューオータニのフィットネスクラブ「ザ・ゴールデンスパ」で加藤がこうささやくと、山崎は深くうなずいた。

 11月1日に期限切れとなるテロ特措法の延長をめぐり、安倍政権が窮地に追い込まれるのは間違いない。それまでに安倍包囲網を構築し、一気に倒閣する。これが加藤が描いたシナリオだった。

 加藤は11日昼、山崎との密会に先立って「新YKK」のもう一人、古賀と東京・赤坂の日本料理店で会っていた。3人は安倍包囲網構築を掲げていたが、今年5月ごろから古賀は加藤らと距離を置くようになっていた。

 「山崎は『うちの派閥は安倍内閣への人材派遣会社だ』などと、はしゃいでいるじゃないか」

 「倒閣を成就させるには古賀を引きずり込むしかない」と考え、必死の説得を試みる加藤に、古賀は山崎への不信感をあらわにした。

 なかなか首を縦に振らない古賀に、加藤は山崎から7日にかかってきた電話の中身を打ち明けた。「訳の分からぬうちに安倍の続投が決まり、麻生が次期政権に向け露骨な動きをしている。このままでいいのか」

 「麻生」の名に古賀は目つきを一変させた。

 「麻生の渋谷の邸宅は門から玄関まで何分もかかる。そんな邸宅に住むやつに庶民の気持ちが分かるはずない!」

 同じ福岡県選出で「マコちゃん」「タロちゃん」と呼び合う仲だった2人の関係はこれほど冷え切っていた。

 3人は11日夜までに、次期総裁選は麻生以外の候補を担ぐことで合意した。世襲ではない「たたき上げ」の政治家ばかりで11月10日前後に会合を開き、次期総裁選に向けて本格的に動き出すことも決めた。会合に誘う相手として、総務会長の二階俊博、国対委員長の大島理森、津島らの名が挙がった。

 ところが翌12日午後、安倍は突然辞任を表明。具体的に煮詰まっていなかったとはいえ、「反麻生」で一致した3人の謀議が、福田擁立の受け皿となった。

                   ◇

 福田擁立にはもう一つ動きがあった。安倍の後見人である森である。福田の父である元首相、故福田赳夫の薫陶を受けた森はかねて「清和政策研究会(町村派)の首相候補はまず福田、次が安倍」と考えており、順番が逆になったことに複雑な思いを抱いていた。

 森が安倍の辞任表明を知ったのは外遊先のパリだった。慌てる森に一本の国際電話がかかった。「メディア界のドン」といわれる男からだった。

 「すでに山崎や古賀、前参院議員会長の青木幹雄は福田支持でまとまっている。あなたの残る仕事は派内の調整だけだ」

 森は青木に電話で意向を確認するとともに、町村派幹部には「他派閥に迷惑をかけているのだから自重しろ」と命じた。だが、すでに自民党内では「森は福田擁立で腹を固めた」との情報が流れていた。

 13日朝に成田空港に到着した森は同日昼、青木、山崎らとひそかに会談し、福田擁立を決めた。町村派がこの事実を知ったのは夜になってから。ある中堅議員は「昼間は『町村(信孝)擁立』と聞いていたのに、いつの間に入れ替わったんだ」と首をひねった。

                   ◇

 急速に党内をまとめ上げた福田擁立劇は、次期総裁最有力といわれた麻生を一気に引きずり降ろしたが、遺恨も残した。

 町村派を除く各派は、調整型の福田をそろって支持することで、森、小泉純一郎、安倍と続いた「清和研政権」色を薄めたいとの思いがあった。だが、当初、選挙対策本部が置かれたのは町村派事務所のある「グランドプリンスホテル赤坂」。陣営を取り仕切ったのは少し前まで安倍シンパを名乗っていた町村派議員で、司令塔は森と中川秀直だった。選挙対策本部は途中で自民党本部内に移ったが、町村派主導の選挙戦は最後まで続いた。

 福田擁立劇の主役の一人は「森が院政を続けるために、われわれが利用されたのではないか。なんかしっくりこない話だ」と不満顔。別の派閥領袖級も「大量に麻生に票が流れたのは町村派への批判の表れだ」と打ち明ける。

 各派領袖からは「自分で果たせる役割があるなら一緒になって支え抜く」(古賀)、「われわれの意見を聞き、バランスの取れた人事をやってほしい」(山崎)など、さっそくポスト要求の声が上がっている。福田が党役員人事、組閣でさじ加減を誤れば、各派の不満が噴出する可能性もある。

 ある閣僚経験者は「挙党態勢というのは意外ともろいものなんだ」とうそぶいた。総裁選は、自民党混迷の序幕にすぎないのかもしれない。

 (敬称略)

(2007/09/24 13:05)

資料 安倍会見 麻生クーデターそもそもそんな事実は存在しない

http://abirur.iza.ne.jp/blog/entry/309654/
安倍首相の慶応大学病院での記者会見全文
2007/09/24 19:16


 本日夕、都内の慶応大学病院で行われた安倍首相の記者会見に行ってきました。私は一番前の列に陣取りましたが、きょうは質問はしませんでした。多くの人がテレビで会見の様子をごらんになったでしょうから、あえて付け加えることはありませんが、安倍首相がまだ十分病気から回復していないのは現場で見ても明らかでした。一人の理想に燃え、溌剌とした志ある政治家を、たった一年の間にこれほど心身ともに傷つけダメージを与える政治とは、何と残酷なものなのかと、改めて感じた次第です。

 

 現場で、何枚か写真を撮りました。その中で、比較的写りの良かったものを掲載します。安倍首相は、正式に退陣する前に、とにかく国民に一言、今日の事態についておわびを述べたかったようです。また、自民党の麻生前幹事長らによる「クーデター説」を明確に否定していました。ここに安倍首相の会見全文を載せて、記録に残したいと思います。


【冒頭発言】



安倍首相 13日以降入院して治療に専念してまいりましたが、思うように体調が回復せず、今まで国民の皆様にご説明をする機会を持てずにおりました。内閣総理大臣の職を辞する前にどうしても一言国民の皆様にお詫びを述べさせて頂きたいと考え、不完全ではありますが本日このような機会を設けさせていただきました。まずお詫びを申し上げたいのは私の辞意表明が国会冒頭の非常に重要な時期、特に所信表明の直後という最悪のタイミングになってしまったことです。このため国会は停滞し、国政に支障を来し、閣僚をはじめとする政府関係者の皆様、与野党関係者の皆様、何より国民の皆様に多大なご迷惑をおかけしたことを改めて深くお詫び申し上げます。



 私は内閣改造後最重要課題として、テロ特措法の延長を掲げ、APECまでの各国首脳との議論を通じて我が国の国際貢献に対する期待の高さを痛感し、シドニーでもその決意を申し上げました。しかしこの1ヶ月間体調は悪化し続け、ついに自らの意志を貫いていくための基礎となる体力に限界を感じるに至りました。もはやこのままでは総理としての責任を全うし続けることはできないと決断し、辞任表明に至りました。



 私は内閣総理大臣は在職中に自らの体調について述べるべきでないと考えておりましたので、あの日の会見ではここ1ヶ月の体調の変化にはあえて言及しませんでしたが、しかし辞任を決意した最大の要因について触れなかったことで、結果として国民の皆様に私の真意が正確に伝わらず非常に申し訳なく思っております。総理大臣在職中、多くの国民の方々に暖かく力強く応援していただいたことに感謝申し上げます。皆様の期待に十分お応えできず申し訳なく残念に思っております。



 先日自民党両院議員総会において選出された福田康夫新総裁に対し、心よりお祝いを申し上げます。私は明日で内閣総理大臣の職を辞することになりますが、新たな総理のもとで国民のための政策が力強く進められるものと信じております。麻生幹事長、与謝野官房長官の2人をはじめとする政府・与党の皆様には最後の最後まで、私を力強く支えていただいたことに対し、深く感謝しております。私も1人の国会議員として引き続き、今後力を尽くしていきたいと考えております。



【質疑】



記者 一国の首相として首相辞任の最大要因について、辞任会見で話さなかった責任をどう考えるか。もし党首会談が実現してインド洋給油継続にメドがつく見通しなら続投したのか。臨時代理をおかなくて執務に問題はないのか。



安倍首相 初めの質問でありますが、やはり辞任の会見においては最大の要因である健康問題について、率直にお話しすべきだったと、このように思います。もちろんあの時申し上げましたようにテロとの戦いを続けるために全力を上げていきたいし、その状況が大変困難な状況になったと。自分がいることによって困難な状況を打開をしていくことは難しいと、いう中に私の健康の状況を込めたわけでありますが、そこはやはりはっきり申し上げるべきであったと思います。

 また、小沢党首との会談でありますが、衆院は自民党が与党で過半数を制している。他方参議院は野党が過半数を制していて民主党が第一党であるという状況の中で、国政を進めていく上においては、両党党首が適宜会談を行いながら、国政を進めていくことが大切でないかと考えておりました。特にテロとの戦いのような外交安全保障については、基本的に同じ基盤を共有することも必要でないか。その観点から共通点を互いにみつける意味においても、新しい信頼関係を構築しながらそういう関係を作っていくことによって打開できないかという思いで党首会談を申し入れたわけでございますが、その段階では健康上の理由もあり、私は辞任するという決意を固めておりましたが、その上に立って両党でそういうこの問題については特に関係をつくってもらえないか。というつもりでお願いするつもりでした。

 
 臨時代理については法律にのっとって職務にどの程度支障をきたすかどうかという判断の上に今回は臨時代理をおかなかったということになりました。



記者 総裁選について。麻生が辞意を知っていながら結果的に退陣に追い込んだというクーデター説が流れた。事実関係と受け止め。総裁選の投票先は。福田新総裁、自民党執行部に対しどういう政権運営を臨むか。

安倍首相 麻生幹事長には総裁と幹事長という関係ですから、辞意ということでなく「最近少し体調が思わしくない」という話をしたことはございます。そして巷間言われているようなクーデター説というような、そういうことはまったく違います。そもそもそんな事実は存在しないとはっきり申し上げていいという風に思います。

 むしろ、幹事長としてこの困難な状況の収拾に汗を流して頂いたと感謝しております。総裁選につきましては、新たに福田新総裁が誕生したわけでありまして、福田総裁は官房長官として長いキャリアを積んだ方でありまして、安定感のある政策に通じた方でありまして新総裁を中心に党が一丸となって、政府・与党で政策を協力に実行してまいりたいと考えております。


(何か言おうとする司会を遮って)一票についてのお話でございますが、昨日総裁選は終わったわけでありまして、福田総裁のもとに一致結束していくことが大切であろうと思います。去っていく前総裁が誰にと申し上げるべきでないだろうとこのように思います。麻生幹事長にも本当に、幹事長としてよく補佐をしていただいたと感謝申し上げたいと思います。



記者 退院後はどう福田総裁を支えるか。次期総選挙には出馬するのか。



安倍首相 健康を1日も早く回復したいと。段々食事もできるようになってまいりましたので、一日も早く退院できるようにと思っておりますし、明日かな。首相指名選挙には行きたいと思っております。一国会議員として今後は活動していくことになるわけですが、新しい総裁のもと困難な国会状況でありますが、一因として力を尽くしていきたいと考えております。またもちろん選挙についても地元の皆様の理解をいただき、私もまだ政治家を続けていきたいとこのように考えております。



(※医師補足…8月のインドなど外遊中に急性腸炎を患っていたこと、全身衰弱、食欲がなかなか戻らず、5キロ減った体重が全く戻っていないことなど)

記者 総理が麻生幹事長に騙されたとか、与謝野官房長官に主導権を奪われたと述べたと、一部の国会議員が総裁選の最中に流布したようだが、本当に話したのか。



安倍首相 そういう事実はまったくございません。特に今回突然の辞意表明になったわけでありますが、その後の事態の収拾に対し大変麻生幹事長も与謝野官房長官も本当によくやっていただいたと感謝しております。そういう事実はまったくございません。(了)

資料 ニッポンの逆差別

(読者の声1) 貴コメントに、「(日本入国時)なぜ拉致に関係する在日朝鮮
人と「反日」の在日韓国人だけが指紋不要なのか、マスコミの誰も問題視しない
のも不思議です。」とあります。
指紋押捺は、平成4年永住者・特別永住者(在日韓国・朝鮮人及び台湾出身者及
びその子孫)については廃止され、平成12年の改正で、永住者等以外の外国人
についても、すべて指紋押捺制度は廃止されました。
以後、本人であることの同一人性確認の手段は、署名と家族事項の登録で行われ
ています。
ところで、小生が数年前自動車を運転していて、つまらない違反で警察官に青き
っぷを切られました。
そのときに、きっぷへのサインと指紋押捺を求められました。
警察官は通常サインと印鑑押捺を求め、印鑑がないと(普段携帯していない運転
者がほとんどでしょう)指紋押捺を求めてくるようです。
小生上の知識を援用して、「もし私が在日なら指紋押捺を求めるのか?」と警察
官に質問しました。
そのとっぽい警察官は「要求しませんよ」と言うので、「それでは、交通違反を
した日本人は指紋押捺を求められ、在日はサインだけなのか?」と訊くと、「そ
うだ」と答えました。
私は「それでは、あなたたち警察官は日本人を逆差別しているのですか! 断じて
指紋押捺には応じなませんよ! 」と突っぱねると「ではサインだけで結構です」
とあっさり引き下がったのです。
その後、また青きっぷを切られたときは、サインも拒否しましたが、違反の事実
を認めたらリリースされました。
不公平で偏頗な警察行政の一端ですが、この一斑はその全豹を顕している気がし
ます。 つまり他民族の圧力団体にヘタレで、おとなしい同民族に居丈高という意
味おいて。 腐り方まで偏頗なへ~んな日本の警察です。
 (NH生、横浜)


(宮崎正弘のコメント) 或る新宿のバアで「勘定」がやけにぼられている。カ
ッとなって「ワタシ韓国人とオモッテ、コンナ値段か」とごねると、たちまち「
計算が間違ってました」と半額になった。とは、昔、わが知り合いの話です。

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 
平成19年(2007年) 11月24日(土曜日) 
通巻第2009号


資料 皇室 発言

社会格差、「弱者に配慮を」=一部報道に異例の反論も-天皇陛下、きょう74歳
2007年12月23日(日)05:13

* 時事通信

 天皇陛下は23日、74歳の誕生日を迎えられた。これに先立ち皇居・宮殿で記者会見した陛下は、社会格差の問題について、「自由競争によりある程度の格差が出ることは避けられないとしても、健康面などで弱い立場にある人々が取り残されてしまうことなく、社会に参加していく環境をつくることが大切です」と話した。

 食品の虚偽表示など暮らしの安全については、一昨年から今年にかけ、食と住に関して「国民に不安をもたらすような事情が明らかになったことは残念なこと」と指摘。年金問題には、「まじめに働いてきた人々が高齢になって不安を持つことがないように、解決に向かっていくことを願っています」とした。

 ご家族についての質問には、それぞれの幸せを願っているとした上で、5月の記者会見で皇太子ご一家のオランダ静養に苦言を呈したと一部で報じられたことに「私の意図したところとまったく違っています」と反論。「このたびの質問にこれ以上お答えしても、また私の意図と違ったように解釈される心配を払しょくすることができません」と言及を避けた。陛下が報道内容に反論するのは異例。 



[時事通信社]
http://news.goo.ne.jp/article/jiji/nation/jiji-23X518.html



資料 麻生得票 地方予備選

http://blog.goo.ne.jp/yamagiwa-daishiro_001/e/ac42b8136c85d9288e5666a9acb27ecf
まっしぐら.com
自民党 衆議院議員やまぎわ大志郎が政治や日々のニュース等、感じた事を綴ります。

突然の総理辞任に伴い皆さんには大変ご迷惑をおかけしてきたが、やっと自民党総裁選挙の幕が閉じた。結果はご案内の通り福田康夫候補330票、麻生太郎候補197票で、福田康夫自民党新総裁が誕生した。今回の臨時総裁選挙は派閥による密室談合の結果、始まる前から福田氏と決まっていた感があり、その時計の針を逆戻りさせた自民党政治の有様を絶対に許してはならないとの信念に基づき行動させていただいた。さらにこういった危機的状況であるからこそ、自らが命を賭してでも取り組むとの強い意欲と信念を持ったリーダーの出現を心から願った。この2点の理由から私は麻生太郎候補を支持した。しかし派閥の厚いカベに阻まれて、勝利を得ることができなかった。皆さんには自身の力不足をお詫び申し上げるしかない。

地方予備選挙結果の意味するもの
今回の騒動による選挙は自民党内部のものであるが、同時に一国の総理を決める問題でもあることから、国民の意思(民意)がどのようなものであり、それをどれだけ汲み取ることができるかが問われていたと思う。それゆえ臨時総裁選挙の規程を超えて各県において予備選挙が実施された。その結果は麻生候補230,224票、福田候補216,098票であり、派閥の縛りを受けた各代議士の影響下でも麻生候補の優勢であった。私の選挙区(高津区、宮前区)においても予備選挙を実施したが、結果は麻生候補498票、福田候補256票で、やはり麻生候補の優勢であった。我が選挙区のみの結果ならやまぎわの思いに党員が呼応した結果と判断されても仕方ないだろうが、全国で見ても麻生氏優勢であること、そして何より街頭での麻生氏に送られる声援の多さを考えれば、民意が何を期待したか明らかだろう。

政治を空白から取り戻すため邁進します
民意が派閥の密室談合を許さない、確固たる信念を持った強いリーダーを求めているにもかかわらず、結果が派閥談合の上に担がれた総理を誕生させたとなれば、皆さんからの支持を得られないのは必至であろう。しかしそれでも前進するしかない。私がこれからやるべきことは、党内野党として、日本の政治を逆行させないよう声を嗄らせて叫び続けることだ。今までは構造改革、成長路線が主流であり、私はそのエンジンとして働いてきたと自負するが、これからはこの路線は傍流であり抵抗勢力と称されるかもしれない。しかし日本の未来を築くためには成長路線以外に道がない以上、どんなに苦しくとも路線変更させないよう踏ん張るしかない。いずれにしても福田新体制の下、政治を空白から取り戻すためやまぎわがどこまで踏ん張れるのか、皆さんには厳しく監視していただきたい。

資料 麻生敗北福田勝利 麻生支持者

        福田   麻生


議員票    254    132
党員票     76     65


党員票内訳
全体      76     65
役員票    19     11
党員票    57     54

http://jp.youtube.com/watch?v=paGpKSTgQvQ
http://jp.youtube.com/watch?v=gCTM3XiKt10
http://jp.youtube.com/watch?v=sem7ePlBVH0


http://www.chunichi.co.jp/s/article/2007092301000487.html
態度未定議員が麻生氏へ? 福田氏、地方票伸びず
2007年9月23日 20時47分

 自民党総裁選は23日、8派閥の支持を集めた福田康夫新総裁が国会議員票の65・6%を獲得したのに対し、麻生太郎幹事長は地方票で46・1%を得て、福田氏(53・9%)に7・8ポイント差にまで迫ったことが善戦の要因となった。福田陣営への「派閥談合」批判に加えて、一般党員の間の「麻生人気」が得票を押し上げた。

 福田氏は国会議員票254票、地方票76票の計330票を獲得。麻生氏は議員票132票、地方票65票の計197票を得た。共同通信の自民党国会議員を対象とした事前調査では、福田氏約260人、麻生氏約70人、態度未定が60人だった。態度未定者の多くが麻生氏を支持したほか、福田氏支持を決めた各派で一定数の「造反」が出たとみられる。

 麻生氏が総裁選で「古い自民党と、小泉改革以来の新しい自民党との再試合だ」と、派閥主導の福田陣営を批判した戦術が当たった。麻生氏に、次期総選挙の「顔」としての役割を期待する議員心理も働いたようだ。

(共同)

http://www.fnn-news.com/headlines/CONN00118750.html
第22代自民党総裁に福田康夫氏 麻生氏も大善戦、存在感を強くアピール

--------------------------------------------------------------------------------
自民党は23日、両院議員総会を開き、新総裁に福田康夫元官房長官を選出した。
国会議員票を手堅くまとめて総裁の座を射止めた福田氏に対し、劣勢を伝えられた麻生太郎幹事長は、地方票を積み上げて大善戦し、存在感を強くアピールした。
自民党本部の9階では、午後6時から福田新総裁の記者会見が行われることになっている。
ただ、今回の戦いは、200票近くを獲得した麻生氏の大善戦といえる。
まず、各都道府県に割り振られた141の地方票だが、麻生氏は、街頭での人気を反映してか、65票と福田氏に迫る成績を残した。
さらに議員票でも、麻生派が16人という小さなグループにもかかわらず、ほかの派閥から多くの議員が麻生氏に流れ、132票という大量得票につながった。
予想外の結果に、自民党内は驚きの空気に包まれている。

資料 麻生 福田 観衆数

1 :諸君、帰ってきたで?φ ★:2007/09/23(日) 11:56:30 ID:???0
 自民党総裁選に立候補している福田康夫元官房長官(71)と麻生太郎幹事長(67)が選挙戦
最終日の22日、都内で街頭演説を行った。麻生氏は新宿駅東口に2万人以上を集め、国民人気
の高さを見せたのに対し、9派閥中8派閥の支持を受けた福田氏は有楽町マリオン前でわずか
1200人。民意と自民党のお家事情が“ねじれ現象”を起こしている今回の総裁選を、象徴した。
福田氏は23日の両院議員総会で、新総裁に選出される。

 麻生氏の演説会場には、開始1時間前から聴衆が集結。演説が始まるとJR新宿駅周辺の歩道
が聴衆で埋め尽くされ、その数約2万人。「この場所では総裁遊説でも記憶にない」(自民党関係者)
聴衆を前に、麻生氏は「圧倒的に差があるようにいわれるが、渋谷、秋葉原、大阪、高松、仙台と
(街頭演説で)回って、民意と、民意を代表している議員の意識には差があると思う」と呼び掛けた。
(中略)
 演説カーには、福田氏支持の山崎派から甘利明経産相(58)、伊吹派から中川昭一前政調会長
(54)の姿も。中川氏は「(派閥の動きは)私たちには関係ない!」と強調。麻生氏の友人で「行列の
できる法律相談所」に出演する北村晴男弁護士もマイクを握り「少数派の麻生に首相になって
欲しくないという長老のジェラシーで、日本の首相が決まっていいのか。麻生氏が負ければ、
つたない民主党の方がまだいいかもしれない」と、こき下ろした。

 一方、福田氏は、有楽町マリオン前に登場。単独の街頭はこの日が初めてで、陣営は、父赳夫
元首相が後援会長を務めた40年来の友人、歌手杉良太郎(63)をサプライズゲストに呼んだ。
杉は「康夫さんなら当たり前のことを当たり前にやってくれる」と激励したが、杉の演説後は1200人
いた聴衆が、くしの歯が欠けるように激減。福田氏は、「誠実に一生懸命頑張る。私を信じてついて
来てほしい」と呼び掛けたが、新宿の熱気とは対照的に拍手はまばらだった。

(以下略、全文はソース元でご確認ください)
ソース(nikkansports) http://www.nikkansports.com/general/p-gn-tp0-20070923-260059.html

資料 教科書検定

「強制」の文言、避け調整 集団自決検定問題

 沖縄戦の集団自決をめぐる検定問題で、日本軍による強制があったとの記述で訂正申請している高校日本史の複数の教科書会社と文部科学省の教科書調査官との間で、「強制」の文言使用を避ける形で記述内容の“調整”をしていることが21日、関係者の話で分かった。検定審は、一定の条件付きで「事実上の強制」を示す記述を容認する考えを示していたが、「強制」という文言そのものの使用は認めない方針のもよう。

http://www.excite.co.jp/News/society/20071222080331/Kyodo_OT_CO2007122101000732.html

教科書検定 評価と批判交錯 「一歩前進」「歪曲だ」

12月27日10時8分配信 毎日新聞

教科書検定 評価と批判交錯 「一歩前進」「歪曲だ」

拡大写真

会見する「教科書検定意見撤回を求める県民大会」実行委員会委員長の仲里利信さん(手前)ら=衆院第1議員会館で2007年12月26日午後3時33分、岩下幸一郎撮影
 「軍の強制」との表現はダメだが「関与」ならOK。沖縄戦の集団自決を巡る高校日本史の教科書検定問題に、文部科学省が結論を出した。地元の沖縄県民からは「一歩前進」との評価と「歴史の歪曲(わいきょく)は変わっていない」との意見が交錯した。一方で「事実上の検定撤回」と批判する声も。揺れ動いた検定内容に不信感が残った。【三森輝久、永井大介】

 「天皇陛下、ばんざーい」。45年3月、村長の声と同時に集団自決が始まった沖縄県渡嘉敷(とかしき)島。母と妹、弟を手にかけた金城重明さん(78)=与那原(よなばる)町=は「村長が命令を発する直前、(現地召集の)防衛隊員が村長に『命令が出た』と耳打ちしたのを同級生が聞いている。当時は一木一葉に至るまで軍の支配下。集団自決に軍の命令はあった」と強調する。

 今回の結論について「軍命をあいまいにする歴史の歪曲。自衛隊の海外派遣を恒常化させるため、軍の負の部分を薄めるのが政府の狙い」と断じた。

 同じ渡嘉敷島の生き残りで、9月に約11万人(主催者発表)を集めて沖縄で開かれた「検定意見の撤回を求める県民大会」で自らの体験を証言した吉川嘉勝さん(69)=渡嘉敷村=は、集団自決に追い込んだ主体が日本軍と表記されたことなどから「県民大会など沖縄の動きを文科省が一定程度、理解したのだろう」と評価。それでも「軍の強制が断定されなかったのは残念」と付け加えた。

 11歳の時、座間味(ざまみ)島で集団自決を目の当たりにし、姉を失った宮城恒彦さん(74)=豊見城(とみぐすく)市=は、「軍による教育・指導などで『集団自決』に追い込まれた人もいた」との注釈がついた例があったことに「当時軍の命令は絶対。『教育・指導』という表現では伝わらない」と指摘した。

 高校歴史の副読本「琉球・沖縄史」を執筆した県立宜野湾高教諭の新城(あらしろ)俊昭さん(57)は「一歩前進」。だが「検定意見を撤回させなければ、再び同じことが起こる。体験者がいなくなった将来、沖縄が声を上げられるかどうか」と懸念を示した。

 県民大会実行委の委員長、仲里利信県議会議長はこの日、東京都千代田区の衆院第1議員会館で会見。「集団自決の記述の回復がほぼなされ、従来より踏み込んだ記述もある」と一定の評価をしつつ「『軍による強制』や『命令』の語句が修正、削除されたことには不満が残り、今後の課題」と指摘した。

 仲里委員長は「県民大会に参加した老若男女の思いが(文科省を動かす)力になった。28日に実行委を開き、県民の理解を得られれば、会の役目も終わることになると思う」と語った。

 ◇「教育の中立」遠い

 新藤宗幸・千葉大教授(政治学)の話 沖縄の抗議があり、政権も(安倍首相から福田首相に)代わって今回の見直しに至ったわけだが、その経緯は、検定が「教育の中立」からほど遠いことを示した。そもそも史実に関する記述に、文科省が微に入り細をうがった注文をつける必要はあるのか。教科書検定は不要だという思いを新たにした。

最終更新:12月27日10時8分


【関連記事】
・ 教科書検定:集団自決問題 「日本軍関与」が復活 「強制」は認めず--検定審
・ 検定問題:「強制」外しで調整 「集団自決」検定
・ 教科書検定問題:「戦陣訓」追記し再申請 「指針」で1社
・ 教科書検定審:「軍強制」削除撤回せず
・ 教科書検定問題:1000人「意見撤回を」 都内で全国集会

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071227-00000011-maip-soci

集団自決検定―学んだものは大きかった
 日本軍によって集団自決に追い込まれた。そうした表現が沖縄戦をめぐる高校日本史の教科書検定で復活した。

 教科書会社から出されていた訂正申請が文部科学省に承認されたのだ。その結果、次のような記述が来年度からの教科書に載ることになった。

 ・日本軍の関与によって集団自決に追い込まれた住民もいた。

 ・米軍の捕虜になることを許さないなどの強制的な状況のもとで、住民は集団自害と殺しあいに追い込まれた。

 今春の検定では、日本軍に強いられたという記述だけでなく、集団自決への軍の関与そのものも、文科省によって一斉に削られていた。

 文科省は今回の修正について、あくまでも教科書会社からの訂正申請に基づくものであり、検定の撤回ではないという。しかし、沖縄などからの激しい批判を浴び、事実上、検定を撤回せざるをえなくなったということだろう。

 こんな事態になった発端は当初の検定の異常さである。「すべての集団自決が軍の命令だと誤解される恐れがある」として軍のかかわりを軒並み削らせた。

 今回、文科省は訂正申請の是非を検定調査審議会に改めて諮った。審議会は新たに沖縄戦の研究者らの意見を聴いて、審議の基準となる見解をまとめた。

 軍の直接的な命令は確認できないとしながらも、集団自決の背景には当時の教育や訓練があり、集団自決が起きた状況をつくり出した主な要因には手投げ弾の配布などがある、と指摘した。

 この見解は多くの人が納得できるものだろう。米軍への恐怖心をあおり、住民に捕虜になることを許さないという異常な軍国主義の下で、住民は集団自決に追い込まれたというのだ。

 ただ、訂正申請の審議で、「軍が強制した」というような直接的な表現を最後まで許さなかったことには疑問がある。

 それにしても、こうした常識的な見解をなぜ今春の検定で示せなかったのか。そうすれば、文科省の教科書調査官の調査意見書をそのまま通すことはなかったはずだ。メンバーの1人は「もう少し慎重に審議すべきだった」と話す。

 当時は「戦後レジームからの脱却」を唱える安倍政権だった。時の政権の持つ雰囲気に、専門家らの審議会ものみ込まれたということはなかったか。

 その一方で、とんでもない検定をきっかけに、集団自決がこれほど社会の注目を浴びたのは皮肉なことだった。

 これまで集団自決が教科書に載るのは2~3行程度で、簡単な内容だった。それが訂正申請で、当時の社会的な背景なども書き込まれた。結果としては、内容はいっそう充実したかもしれない。

 今回の検定問題は、沖縄の県民大会などをはさんで9カ月に及んだ。その間に多くの人たちが沖縄戦の実態を改めて学び、検定制度のいい加減さを知った。その苦い教訓を今後に生かしたい。
http://www.asahi.com/paper/editorial.html


教科書は政治で変わるのか。


「沖縄」教科書 “政治的訂正”の愚を繰り返すな(12月27日付・読売社説)
 検定意見を正面から否定するような記述訂正は認められなかった。とは言え、きわめて疑問の多い“政治的訂正”であることに変わりはない。

 来年度から使用される高校日本史教科書の沖縄戦・集団自決の記述について、教科用図書検定調査審議会は、教科書会社6社から提出されていた訂正申請を承認する見解をまとめ、渡海文部科学相に報告した。これを受け、文科省は訂正申請を承認した。

 例えば、今春の検定で「集団自決に追い込まれた人々もいた」とされていた記述は、「日本軍の関与のもと、配布された手榴弾(しゅりゅうだん)などを用いた集団自決に追い込まれた人々もいた」と訂正された。捕虜になるよりは自決せよとの教育や宣伝があったことも背景として付記された。

 最初の訂正申請では「日本軍の強制によって集団自決に追い込まれた人々もいた」とされていたが、審議会の意向を受け、申請内容が修正された。

 今回、9人の専門家から意見聴取した審議会は、集団自決が日本軍の命令で行われたことは「確認できていない」、集団自決の要因には「様々なものがある」などとする見解をまとめている。

 集団自決の際の軍命令の有無が裁判で争われていることなどを踏まえて、軍の「関与」はあったが「強制」は明らかでないとした、今春の検定意見の趣旨から逸脱するものではない。

 しかし、日本軍が「自決しなさい」と言って住民に手榴弾を手渡したとの記述も訂正申請で認められた。これについては、その根拠となった住民の証言の信頼性を疑問視する研究者もいる。

 今回の検定意見の撤回を求める沖縄県議会の意見書が採択されたことを追加記載して、認められた教科書もあった。

 検定済み教科書に対するこのような訂正申請がなし崩し的に認められていくのであれば、内外の政治的思惑によって、教科書検定制度そのものが揺らいでいくことにもなりかねない。

 政府が異例の訂正申請を認める発端となったのは、9月29日に沖縄県宜野湾市で開かれた検定意見の撤回を求める県民大会だった。

 「参加者11万人」という主催者発表の数字が伝えられたが、その後、俯瞰(ふかん)写真に写っている参加者を数えた東京の大手警備会社は、1万8000~2万人と指摘している。

 実数を5倍以上も上回っていた主催者発表の数字に、政府が驚いたことで始まった“訂正劇”だった。

 政府は、教科書検定に対する政治介入の愚を二度と繰り返してはならない。

http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20071226ig91.htm

○実教出版 日本史B(その1)

<修正前 去年4月>
 日本軍は、県民を壕から追い出し、スパイ容疑で殺害し、日本軍のくばった手榴弾で集団自害と殺しあいをさせ、八百人以上の犠牲者を出した。
<修正後(検定合格後) 今年3月>
 日本軍は、県民を壕から追い出したり、スパイ容疑で殺害したりした。また、日本軍のくばった手榴弾で集団自決と殺し合いがおこった。犠牲者はあわせて八百人以上にのぼった。
<訂正申請 今年11月>
 日本軍は、住民に手榴弾をくばって集団自害と殺しあいを強制した。【→取り下げ】
<再申請後(承認) 今年12月>
 日本軍は、住民に対して米軍への恐怖心をあおり、米軍の捕虜となることを許さないなどと指導したうえ、手榴弾を住民にくばるなどした。このような強制的な状況のもとで、住民は、集団自害と殺しあいに追い込まれた。
【備考】
 実況出版は、訂正申請の理由として「高校生が正確に沖縄戦を理解するうえで支障をきたすおそれがある」ことを挙げた。なお、「日本軍は、県民を壕から追い出し、スパイ容疑で殺害し」の記述はおそらく残っていると思われるが、今回の私の調べでは確認できず。

○実教出版 日本史B(その2)

<修正前 去年4月>
 また日本軍により、県民が戦闘の妨げになるなどで集団自決に追いやられたり、幼児を殺害されたり、スパイ容疑などの理由で殺害されたりする事件が多発した。
<修正後(検定合格後) 今年3月>
 また、県民が戦闘の妨げになるなどで集団自決に追いやられたり、日本軍により幼児を殺されたり、スパイ容疑などの理由で殺害されたりする事件が多発した。
<訂正申請 今年11月>
 また日本軍により、県民が戦闘の妨げになるなどで集団自決に追いやられたり、幼児を殺害されたり、スパイ容疑などの理由で殺害されたりする事件が多発した。【→承認】
<再申請後(承認) 今年12月>
 同上
【備考】
 「日本軍により、県民が戦闘の妨げになるなどで集団自決に追いやられたり」という記述が、検定意見で「日本軍により」が削除された。ところが、教科書会社は、「学習上の支障」を理由に「主語を明確にする」として「日本軍により」の語句を復活させる訂正申請をおこなった。文科省はこれを承認した。

○清水書院 日本史B(その1)

<修正前 去年4月>
 現地召集の郷土防衛隊、鉄血勤王隊、ひめゆり隊など非戦闘員の犠牲者も多かった。なかには日本軍に集団自決を強制された人もいた。
<修正後(検定合格後) 今年3月>
 現地召集の郷土防衛隊、鉄血勤王隊、ひめゆり隊など非戦闘員の犠牲者も多かった。なかには集団自決に追い込まれた人々もいた。
<訂正申請 今年11月>
 なかには手榴弾を配布されたり、玉砕を強いられたりするなど、日本軍の強制によって集団自決に追い込まれた人々もいた。
<再申請後(承認) 今年12月>
 また、軍・官・民一体の戦時体制のなかで、 捕虜になることは恥であり、 米軍の捕虜になって悲惨な目にあうよりは自決せよ、と教育や宣伝を受けてきた住民のなかには、日本軍の関与のもと、配布された手榴弾などを用いた集団自決に追い込まれた人々もいた。
【備考】
 清水書院はこの他に、年表に検定意見撤回を求める意見書可決を盛り込んだ(次項参照)。なお、「現地召集の郷土防衛隊、鉄血勤王隊、ひめゆり隊など」の記述はおそらく残っていると思われるが、今回の私の調べでは確認できず。

○清水書院(その2)<年表>

<修正前 去年4月>
 (年表中の記述はなかった)
<修正後(検定合格後) 今年3月>
 同上
<訂正申請 今年11月>
 <年表>沖縄県と県下全市町村の議会、集団自決についての教科書検定意見の撤回を求める意見書を可決【→訂正理由を変更】
<再申請後(承認) 今年12月>
 同上
【備考】
 年表に検定意見撤回を求める意見書可決を盛り込んだ。今年を代表する出来事かどうかは疑問だが、「何を書くかは教科書会社の判断」(文科省)という。

○三省堂 日本史A、B(その1)

<修正前 去年4月>
 さらに日本軍に「集団自決」を強いられたり、戦闘の邪魔になるとか、スパイ容疑をかけられて殺害された人も多く、沖縄戦は悲惨をきわめた。
<修正後(検定合格後) 今年3月>
 さらに追いつめられて「集団自決」した人や、戦闘の邪魔になるとかスパイ容疑を理由に殺害された人も多く、沖縄戦は悲惨をきわめた。
<訂正申請 今年11月>
 なかには、日本軍に手榴弾を手渡されて自決を強要された人びと(「集団自決」)や、戦闘の邪魔になることやスパイ容疑を理由に殺された人びともおり、沖縄戦は悲惨をきわめた。【→取り下げ】
<再申請後(承認) 今年12月>
 日本軍が多くの県民を防衛隊などに動員したうえに、生活の場が戦場となったため、県民の犠牲は大きく、戦闘の妨げやスパイ容疑を理由に殺された人もいた。さらに、日本軍の関与によって集団自決に追い込まれた人もいるなど、沖縄戦は悲惨をきわめた。
【備考】
 本文で軍のかかわりを「関与」と弱めたが、注釈で「日本軍によってひきおこされた『強制集団死』とする見方が出されている」と加筆(次項参照)。

○三省堂 日本史A、B(その2)<注釈>

<修正前 去年4月>
 (注釈はなかった)
<修正後(検定合格後) 今年3月>
 同上
<訂正申請 今年11月>
 <注釈>「集団自決」については、軍が関与した「強制的集団死」であるという説がある【→取り下げ】
<再申請後(承認) 今年12月>
 <注釈>最近では、集団自決について、日本軍によってひきおこされた「強制集団死」とする見方が出されている。
【備考】
 本文は「日本軍の関与によって集団自決に追い込まれた人もいる」とし、軍のかかわりを「関与」と弱めたが(前項参照)、側注で「日本軍によってひきおこされた『強制集団死』とする見方が出されている」と加筆した。軍強制を明示しているが、「最近の見方なので認められた」(文科省)という。これについて『つくる会』は、「誰かが何かを主張すれば、それが『最近の見方』であるという理由で教科書に書けるなら、どんな説でも教科書に書き込めることになろう」と批判している。

○山川出版社 日本史A

<修正前 去年4月>
 島の南部では両軍の死闘に巻き込まれて住民多数が死んだが、そのなかには日本軍によって壕を追い出され、あるいは集団自決に追い込まれた住民もあった。
<修正後(検定合格後) 今年3月>
 島の南部では両軍の死闘に巻き込まれて住民多数が死んだが、そのなかには日本軍に壕から追い出されたり、自決した住民もいた。
<訂正申請 今年11月>
 島の南部では両軍の死闘に巻き込まれて住民多数が死んだが、そのなかには日本軍によって壕を追い出されたり、あるいは集団自決に追い込まれた住民もあった。【→承認】
<再申請後(承認) 今年12月>
 同上
【備考】
 簡明な記述。検定審から唯一、意見がつかなかった。

○東京書籍 日本史A(その1)

<修正前 去年4月>
 そのなかには、日本軍がスパイ容疑で虐殺した一般住民や、集団で「自決」を強いられたものもあった。
<修正後(検定合格後) 今年3月>
 そのなかには、「集団自決」においこまれたり、日本軍がスパイ容疑で虐殺した一般住民もあった。
<訂正申請 今年11月>
 日本軍によって、「集団自決」においこまれたり、スパイ容疑で虐殺された一般住民もあった。【→訂正理由を変更】
<再申請後(承認) 今年12月>
 同上
【備考】
 東京書籍は本文以外での加筆が際立っている。次項、次々項を参照。

○東京書籍 日本史A(その2)<側注>

<修正前 去年4月>
 (側注はなかった)
<修正後(検定合格後) 今年3月>
 同上
<訂正申請 今年11月>
 <側注>これを「強制集団死」とよぶことがある。【→訂正理由を変更】
<再申請後(承認) 今年12月>
 (同上に加え)敵の捕虜になるよりも死を選ぶことを説く日本軍の方針が、一般の住民に対しても教育・指導されていた。
 (さらに今年の出来事として)「集団自決」に日本軍の強制があった記述が消えたことが問題になった。……沖縄県では、県議会・全市町村議会で検定意見の撤回を求める意見書が可決され、大規模な県民大会が開催された。
【備考】
 今春の検定を批判する記述が載った。また、地方議会の意見書レベルが教科書記述に載るのは異例。

○東京書籍 日本史A(その3)<囲み>

<修正前 去年4月>
 (囲みの記述はなかった)
<修正後(検定合格後) 今年3月>
 同上
<訂正申請 今年11月>
 <囲み>軍から命令が出たとの知らせがあり、いよいよ手榴弾による自決が始まりました。操作ミスが原因でわずかの手榴弾しか発火しません。そのため死傷者は少数でした。しかし結果はより恐ろしい惨事を招いたのです。【→取り下げ】
<再申請後(承認) 今年12月>
 <囲み>日本軍はすでに三月二十日ごろには、三十名ほどの村の青年団員と役場の職員に手榴弾を二こずつ手渡し、「敵の捕虜になる危険性が生じたときには、一こは敵に投げ込みあと一で自決しなさい」と申し渡したのです。
【備考】
 自決訓示の情景描写が加わったが、これについて『つくる会』は、「これは、富山真順証言としてその真偽が争われているもので、専門家として意見聴取に応じた秦郁彦氏も、その意見書のなかで、3月20日は日本軍が米軍の慶良間来攻を予測していなかったことなどを理由にして、資料としての信憑性に疑問を呈していたものである。この専門家の指摘を無視して記述を承認した日本史小委員会(教科用図書検定調査審議会第二部会日本史小委員会)の見識が疑われる」と批判している。

○第一学習社

<修正後(検定合格後) 今年3月>
 集団自決のほか、スパイ容疑や、作戦の妨げになるなどの理由で日本軍によって殺された人もいた。
<訂正申請 今年11月>
 日本軍によって、集団自決に追い込まれたり、スパイ容疑や作戦の妨げになるなどの理由で殺されたりした人もいた。【→取り下げ】
<再申請後(承認) 今年12月>
 スパイ容疑や作戦の妨げになるなどの理由で、日本軍によって殺された人もいた。日本軍は住民の投降を許さず、さらに戦時体制下の日本軍による住民への教育・指導や訓練の影響などによって、「集団自決」に追い込まれた人もいた。
【備考】
 当初、検定意見がつかなかったものの、訂正申請で大幅に加筆。訂正申請では「日本軍は住民の投降を許さず」とする断定的な記述を加筆した。渡嘉敷村の守備隊長が村民に対し「非戦闘員だから最後まで生きてくれ」と言ったとされる証言も否定しかねない書き方だが、「軍の方針は確認できるから不正確ではない」(文科省)という。


※参考資料
・「WiLL」12月号掲載の山際澄夫氏(ジャーナリスト)の論文
・産経新聞12/26付:首かしげる記述、次々パス 集団自決訂正申請
・産経新聞12/27付朝刊紙面に掲載された表「検定後と訂正申請後の記述の変更(主な例)」(ネットソースなし?)
・NHK12/26午後7時のニュース(清水書院の箇所のみ)
・つくる会Webニュース第221号(12/26付)

http://kukkuri.jpn.org/boyakikukkuri2/log/eid417.html


資料 皇室 三笠宮殿下

「皇室の存在理由は食べて寝ることの反復」 三笠宮寛仁親王、NYタイムズ紙インタビューで過激発言

「皇室の存在理由は、ただ起きて食べて寝ることを1年365日繰り返すことだ」
日本の皇室でその過激な発言により「異端児」とも称される三笠宮寛仁親王(61)が、
20日付ニューヨーク・タイムズに掲載されたインタビューでまたも皇族の生活に関する異例の発言をし、
注目を集めている。寛仁親王は「わたしが記憶する限り、皇室は巨大なストレスの塊のようだ」
「皇室の存在理由が何かと問われれば、最終結論はわれわれが存在することにある」などと持論を展開した。

「ヒゲの殿下」の愛称で親しまれる寛仁親王は「沈黙する皇室」というイメージとは異なり、
以前からその発言で話題を集めてきた。昨年7月には自身を「アルコール中毒者」と呼ばれ、
世間を驚かせたほか、その前には喉頭(こうとう)がんとの闘病生活を本の中で明らかにした。
酒にやられたのもがんを患ったのも皇室のストレスが原因というのが寛仁親王の主張だ。

寛仁親王はその成長過程で在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)系の学校の生徒らとしばしばけんかをするなど、
奔放な青年時代を過ごしたともいう。大学を卒業後は、身体障害者支援活動に力を入れ、
36歳のときには社会活動に専念したいとして、皇籍離脱宣言をしたこともあった。
寛仁親王は皇位継承に関しては血統論者だ。2年前には、側室を容認してでも
男子が皇位を継承すべきだとして、女性天皇を容認する皇室典範改正論を公開批判したことでも知られる。

全炳根(チョン・ビョングン)記者 朝鮮日報/朝鮮日報JNS
http://www.chosunonline.com/article/20071022000006

資料 人権擁護法案

752 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2007/11/13(火) 12:26:17 ID:iuJbjg/D

       ____                ─── 、
      ゝ/______ヽ          /         \
      i  | / , -、, - 、l          /、           ヽ
      |.__.|─|   ・|<  |           |・ |―- 、       |
  , ―-、 (6  _ー っ- ´}         q -´ 二 ヽ        |
 i -⊂) \ ヽ_  ̄ ̄ノ ノ_          ノ_ ー   |      !
  | ̄ ̄|/  (._ ∧ ̄ /、  \         \ ̄`   |     /
  ヽ  ` ,|       ̄  |   |         O===== |
   `- ´ |       |___|          /          |
       |       ( t  )         /  /       |
                          ⌒
「いつも僕をいじめているジャイアンを         「日ごろの恨みを晴らしてきな!」
   人権擁護法違反で訴えてくるよ!」 


      ,-――-、                  ___
      { , -_─_-                /  _  _ \
       (6( /),(ヽ|                 /  ,-(〃)bヾ)、ヽ
    / 人 ー- ソヽ _           i _/ 三 U |~三 l |_
  / /  |  ̄_/|/   ヽ          |(__)―-、._|_つ,'_.)
      | |  \/_/-、     /         / /`ー---─´ /
      |-\ _|_ )_|   /            | / / ̄( t ) ̄'/
      ヽ-| ̄|  |_|_ /         ,- |   | ヽ二二/⌒l
    /  l─┴、|__)         | (__>-―(_ノ
  /    `-―┘/            `- ´
           /
  「逆に僕が人権擁護法違反で        「ジャイアンは在日朝鮮人だったのか・・・」
           訴えられたよ・・・」



資料 日本政府とUFO

「日本はUFO戦略欠如している」 海外での意外な反応 (J-CAST)
記事写真
写真1
 UFO防衛策は必要?(UFOはイラストです)

未確認飛行物体(UFO)について官房長官が「個人的には絶対いると思っている」、防衛大臣が「UFOはいるかもしれない」と発言したことをめぐり、インターネット上では「対処するのは当たり前」「いい加減にしろ」などの賛否両論の声が上がっている。もっとも、海外では「日本はUFO戦略に欠けている」「エイリアンが襲来したときに何をなすべきか計画がない」という指摘もある。
麻生太郎氏も地球外生命が存在すると思っている

「UFO論議」の発端は、民主党の山根隆治参院議員が「UFOについての認識」を質問主意書でただしていたことについて、政府は2007年12月18日の閣議で「UFOの存在を確認していない」との答弁書を決定したことに始まる。町村信孝官房長官が同日に「個人的には、こういうものは絶対にいると思っている」と「ナスカの地上絵」の例を挙げて説明。どこまでマジメだったのかは不明だが、今度は石破茂防衛相が07年12月20日の閣議後の記者会見で、個人的な見解として「UFOはいるかもしれない」と大マジメに語り、UFOが襲来した場合、自衛隊が出動する法制面の対処の仕方を考察するとの立場を示したのだ。

「存在しないと断定し得ない以上それ(UFO)はいるかもしれない。少なくとも『いない』と断定するだけの根拠を私は持っていない」
「よくゴジラの映画があるじゃないですか。ゴジラでもモスラでもなんでもいいんだが、あの時に自衛隊が出ますよね。ゴジラがやって来たということになれば、これは普通は災害派遣なんでしょうね。そりゃそうだって」
「ゴジラでもモスラでも大体同様であろうかなと思いますが、これがその、UFO襲来となるとですよ、これは『災害派遣』なのかね、ということになるんでしょうね」

ちなみに、石原都知事は2007年12月21日の会見で「(地球には)UFOは飛んでこない」との見方を示している。

実はこの「UFO論議」、質問主意書を提出した山根議員のメールマガジンによれば、05年3月の時点で政府・総務委員会でも議論されていたらしいのだ。山根議員は同委員会で、行政改革、地方分権、情報通信政策について質問したようだが、質問が終わってから何人かの議員仲間に党派を超えてUFOについて声をかけられたという。

「UFOとの遭遇の機会を未だ私は得ていないが、麻生総務大臣は答弁の中で、『私の母はUFOを見たと興奮していたことがあった』と語った。そして銀河系全体では2,000億個もの星があり、更に宇宙全体では2,000億個もの星からなる銀河が1,000億個以上もある(名古屋大学の福井教授)というのだから、人類以上に高度な文明を持った生命体が無い、という方が不自然に私は思うが…と大臣に振ったら、自身の天文学上の知識を披瀝しながら『私もそう思っている』と答えた」

となると、どうやら麻生太郎議員も「地球外生命が存在する」と思っていたようなのだ。メルマガによれば、UFOについては「10~15分位」話し合われたという。
「エイリアンの『死のビーム』で焼き尽くされても傍観」?

政府主要人物の「UFO論議」は海外でも報じられている。ブルームバーグ、ロイター通信、AP通信、AFP通信などのほかに、2007年12月18 日のBBCニュースは、「日本政府はエイリアンが襲来した時に何をすべきか未だ計画がないことが明らかになった」などと報じている。
米防衛専門誌の元編集長でジャーナリストのシャロン・ウェインバーガー氏は12月19日、ブログで日本政府が「UFOの存在を確認していない」との見解を示したことについて、「日本ではUFO戦略が欠如している」と指摘。

「日本は人々がエイリアンの『死のビーム』で焼き尽くされても傍観しているのだろうか?(中略)(政府の答弁書は)ふざけているのか?日本は世界的なテロとの戦いについても何をすべきかわかってないが、エイリアン防衛についてもぼんやりしている」

どうやら彼女によれば、「UFOはいるかもしれない」などということ事体、防衛上緊張感のないことなのかもしれない・・・

日本のブロガーはどうかと言うと、

「国防という概念から言えば、外から領土内進入してきた物体に対して、どのように対応するか考えるのは当然」
「話をそらすためか?年金問題、自衛隊の問題、薬害問題、話さなきゃならないことは山ほどある。なのにこんなふざけた話にはいたくご熱心だ」
「こんなこと閣議で話してるとは、・・・異次元の閣僚達だ、さすが、未確認内閣だね」

と賛否両論あるが、「いい加減にしろ」といった冷ややかな見方が多いようだ。

[ 2007年12月21日21時20分 ]

http://news.www.infoseek.co.jp/topics/society/n_ufo__20071221_8/story/20071221jcast2007214904/

UFO対処「検討することになる」=石破防衛相の発言受け-空幕長
2007年12月21日(金)16:56

* 時事通信

 航空自衛隊トップの田母神俊雄航空幕僚長は21日の記者会見で、未確認飛行物体(UFO)への対処について、「これから検討することになるのではないか」との見方を示した。石破茂防衛相が20日、対処を考えると発言したことを受けてのコメントで、「大臣が言っているから。的確な文民統制の下、粛々と活動したい」とした。

 田母神空幕長によると、空自機の緊急発進(スクランブル)で、UFOを発見したことはなく、空自の対処能力については「UFOの能力が分からないから、答えられないが、漫画に出てくるような飛び方をするなら、(対処は)難しいだろう」と述べた。 



[時事通信社]
http://news.goo.ne.jp/article/jiji/politics/jiji-21X279.html


政界UFO論議なぜか過熱 (スポーツ報知)

 「UFO(未確認飛行物体)論議」が閣外へ飛び出し、各方面に広がりを見せている。21日になり、地方自治体トップの石原慎太郎東京都知事、高橋はるみ北海道知事らが相次いでUFOについて言及。民主党の鳩山由紀夫幹事長は「宇宙人の鳩山であります」と“カミングアウト”した。さらに、航空自衛隊トップの田母神(たもがみ)俊雄航空幕僚長も、この日の会見で「漫画に出てくるような飛び方をするなら、(対処は)難しいだろう」との見解を示した。

 延長国会で急きょ飛び出したUFO論争が、なぜか異様な盛り上がりを見せている。

 21日午前の閣議前には、閣僚間でもUFOの話題で盛り上がったという。中でも、早大理工学部出身の渡海紀三朗文科相は、閣議後の会見で「(UFOは)あるんじゃないかなと思う。この種の話はあっていい。宇宙に夢を持つ子が育つかもしれない」と論争を歓迎。「絶対いる」と発言した町村信孝官房長官と同様、18日に閣議決定した「存在を確認していない」とする政府見解に“反論”した。

 さらには、空自トップまでもがUFOについて言及する羽目に。20日に石破茂防衛相が6分間にわたり熱弁を振るったことを受け、田母神空幕長は21日の会見で「大臣が『考えなければ』発言されておられるので、今後検討することになるのでは」と冗談交じりで語った。空自がUFOに対処できるかどうかについては「漫画に出てくるような飛び方をするなら難しいだろう」との見解を述べた。

 UFO論争となれば、黙ってはいられないのが、「政界の宇宙人」こと民主党・鳩山幹事長。同党代表時代には、自身を宇宙人に模した「宇宙人ユッキー」グッズも製作している。鳩山氏は会見で「宇宙人の鳩山であります」と自ら切り出し、「定義からして(UFOは)否定できない話ではないかと思う」とコメント。一方で「あまりUFOの議論に深入りしない方が賢明なのではないかと考えている」とも“警告”した。

 石原知事も「私も見たいと思いますけどね」とUFO論争に参戦した。理論物理学者のホーキング氏に聞いた話を引き合いに出し「宇宙船を飛ばすような文明を持った惑星が宇宙全体で200万ほどあるらしい。ただし、その程度の文明を持った惑星は不安定になって、宇宙時間からいうと瞬間的、100年ほどで消滅するという。ということで、宇宙船は地球に飛んでこないでしょう」と語った。

 また報道陣からは、知事がかつて「日本空飛ぶ円盤研究会」に名を連ねていたことを指摘されたが「名前を貸してくれといわれただけ」と自身とは関係がないことを強調した。

 北海道の高橋知事も会見で「いると思うんですけどね」と述べ、その理由について「世界の遺跡などを考えると、本当にその時代の人類にできたのかというまか不思議なことがある。宇宙人がやったのでは、というのは十分説明になるような気がする」と話した。

[ 2007年12月22日8時00分 ]

http://news.www.infoseek.co.jp/topics/society/n_himei_yumiko2__20071222_3/story/20071222hochi082/

姫井議員「8年前にUFO見た」…亀井議員と対談 (スポーツ報知)

 民主党の姫井由美子参院議員(48)が21日、CS放送・朝日ニュースターの企画番組の収録で、国民新党の亀井亜紀子参院議員(42)と対談した。

 今夏の参院選で野党躍進の象徴となった2人だが、本格的な対談は初。番組では政治を話し合ったが、収録後は“舞台裏”の話にシフト。亀井氏が「(スキャンダル報道は)大変でしたね」と声を掛けると「騒ぎの大きさに、落としてはいけない人を落としたんだなと実感した」と姫井氏。「(与党は)私のスキャンダルも探したようだけど、私はないから…」と亀井氏がほほ笑むと「私も自分では『ない』と思ってた」と姫井氏も苦笑した。

 話題は永田町で持ちきりのUFOにも及び、姫井氏は「私も8年前の県議選の投開票日に見たことがある。おかげで当選したのかな」と珍告白。さらに、友人が大学助教授時代の鳩山幹事長の授業を受けて理解に苦しんだ話を挙げ「幹事長は実は宇宙人らしいですよ」と発言していた。

[ 2007年12月22日8時00分 ]
http://news.www.infoseek.co.jp/topics/society/n_himei_yumiko2__20071222_3/story/20071222hochi077/




資料 ウリ縄民国 反日集会 プロ市民 個人 組織

東アジア黙示録に集う論客の1人の方に教えて頂いた情報と少し調べて書き加えた情報です。

■「沖縄戦の歴史歪曲を許さない沖縄県民大会」実行委員会参加63団体

■沖縄平和ネットワークhttp://okinawaheiwa.net/project/resolution070609.html

実行委員会代表呼びかけ人:
□高嶋伸欣(琉球大学教授・反日教科書ネットの一員。この反日教科書ネットのメンバーに(平和を実現するキリスト者ネット、高嶋教科書訴訟を支援する会、子どもと教科書全国ネット21、ピースボート、バウネットジャパン)
□佐久川政一(沖縄大学13・14代学長、名誉教授)チュチェ思想研究会全国連絡会会長
□大濱敏夫(沖教組委員長)
□松田寛(沖縄県高教組執行委員長)

実行委員会傘下団体をご覧下さい。

-------------------------------------------------------------

★実行委員会代表呼びかけ人高嶋伸欣、佐久川政一、大濱敏夫、松田寛
★6.9 実行委員会参加団体(順不同)(1)社大党、(2)社民党、(3)共産党、(4)民主党、(5) 沖教組、 (6) 民主教育をすすめる沖縄県民会議、(7)連合沖縄、(8)県労連、(9)自治労、(10)国公労、(11)フード連合、(12) 1フィート運動の会 (13)全水道、(14)平和運動センター、(15)医労連、(16)沖縄平和ネットワーク、(17)「とめよう戦争への道」百万人署名運動沖縄の会、 (18)沖縄県歴史教育者協議会、(19)沖縄教育支援ネットワーク、(20)沖退教、(21)高退教、(22)「ジェンダー問題」を考える会、(23) マスコミ労協、(24)沖縄九条連、(25)虹の会、(26)平和教育をすすめる会、(27)全港湾、(28)私鉄沖縄、(29)統一連、(30)中部地区労、(31)北部地区労、(32)住基ネットに反対する市民ネットワーク沖縄、(33)平和市民連絡会、(34)反戦地主会、(35)中部地区労OB会、(36)沖縄市九条の会、(37)普天間爆音訴訟団、(38)第9条の会沖縄うまんちゅの会、(39)一坪反戦地主、(40)なはブロッコリー、 (41)民主青年同盟、(42)基地・軍隊を許さない行動する女たちの会、(43)沖縄医療生協平和行動委員会、(44)大学人九条の会w)、(45)自由法曹団沖縄支部、(46)沖縄県平和委員会、(47)とめよう戦争への道沖縄の会、(48)医療生協、(49)新日本婦人の会、(50)沖縄民医連、 (51)アイ女性会議、(52)沖縄YWCA、(53)東本願寺沖縄開教本部、(54)九条の会糸満、(55)沖縄人権協会、(56)沖縄県憲法普及協議会、(57)日本科学者会議沖縄支部、(58)沖縄生協連(59)沖縄地区数学教育協議会、(60)沖縄労組交流センター(61)恨之碑建立をすすめる会沖縄、(62)日本中国友好協会沖縄県支部、(62)政労連沖縄地連、(63)高教組
山椒小粒 | 2007/10/04 01:35 AM
http://kukkuri.jpn.org/boyakikukkuri2/log/eid377.html#comments

資料 長崎広島

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070921-00000197-jij-pol

「核実験よかった」山崎氏発言に抗議=広島、長崎両市
9月21日21時2分配信 時事通信


 広島、長崎両市は21日、自民党の山崎拓前副総裁が昨年10月に北朝鮮が行った核実験について「核保有がはっきりしたという意味でやらせてよかった」と発言したことに抗議する文書を、秋葉忠利、田上富久両市長名でそれぞれ山崎氏の事務所に届けたと発表した。
 広島市は北朝鮮の核実験に関し「平和的解決に向けた国際社会の外交努力を無にした」と指摘。「(山崎氏の)発言は、核兵器廃絶に向け不断の努力を続けてきた被爆地ヒロシマとして容認できるものではない」と批判している
 一方、長崎市は「核実験の強行が被爆地をはじめとして周辺国の住民を大きな不安に陥れ、国際関係に緊張をもたらした当時の状況を十分に理解した発言とは思えず、看過できるものではない」としている。 

最終更新:9月21日21時2分



http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/85918
 自民党の山崎拓前副総裁が講演で北朝鮮の核実験について「やらせてよかった」とする発言をしたとして、長崎市の田上富久市長は21日、「当時の状況を理解した発言とは思えず、看過できるものではない」と抗議する要請文を山崎氏側に提出した。
 市によると、山崎氏は18日に都内であった講演で、昨年10月の北朝鮮による核実験について「今までは推測だけだったが(実験で)北朝鮮が実際に核兵器を持っていることが分かった」と発言した。

 要請文は「核実験の強行が被爆地をはじめとして周辺国の住民を大きな不安に陥れ、国際関係に緊張をもたらした」として、山崎氏に慎重な発言を要望。核実験がもたらす深刻な影響を十分認識するよう求めた。

http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/column/opinion/75339/
 広島に続いて長崎でも62回目の原爆の日を迎えた。ことし4月に凶弾に倒れた伊藤一長前市長に代わって選ばれた田上富久市長が平和宣言を読み上げた。

 田上市長は冒頭で、生前の伊藤前市長が原爆の炎で黒焦げになった少年の写真を掲げ、国際司法裁判所に核兵器使用の違法性を訴えたことに触れて、「前市長の核兵器廃絶の願いを受け継いでいく」と述べた。

 さらに、新たに核兵器を保有したインド、パキスタン、北朝鮮などの国名を挙げ、「新たな核保有国の出現は、核兵器の危険性を一層高め、核関連技術が流出の危険にさらされている」としたうえで、「北朝鮮の核廃棄に向けて、6カ国協議の場でねばり強い努力を続けてください」と訴えた。

 伊藤前市長も昨年の長崎平和宣言で北朝鮮の核の脅威に触れていた。田上市長はこの点でも、前市長の意向を受け継いでいるようだ。

 先に秋葉忠利広島市長が読み上げた平和宣言は、「米国の時代遅れで誤った政策にははっきり『ノー』と言うべきだ」と米国を強く非難しながら、北の核には全く触れていなかった。

 イデオロギー色の強い広島平和宣言に比べると、長崎平和宣言は現実を踏まえており、バランスのとれた内容といえる。

 田上市長の長崎平和宣言は被爆国のわが国における「原爆投下への誤った認識」も指摘した。長崎県選出の久間章生前防衛相が6月末の講演で、米国の原爆投下について「しょうがない」と述べたことを指すとみられる。被爆者の立場に立った発言を日本の政治家に求めたものと受け止めたい。

 長崎ではかつて、本島等元市長が「原爆投下は米国やアジア諸国から見れば天罰」といった発言を繰り返した。「誤った認識」として、こちらも忘れてはいけない。

 北の核問題をめぐっては、6カ国協議に加え、今月末に平壌で7年ぶりに行われる南北首脳会談で話し合われることになる。北の核放棄に向け、韓国の盧武鉉大統領がどこまで北朝鮮の金正日総書記を説得できるかが最大の焦点である。

 田上長崎市長らから、北に核放棄を求めるさらに強力なメッセージが発せられることを期待する。

http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/column/opinion/74045/
 広島が62回目の原爆の日を迎えた。秋葉忠利市長は平和宣言で、「日本国政府は世界に誇るべき平和憲法をあるがままに遵守し、米国の時代遅れで誤った政策にははっきり『ノー』と言うべきです」と訴えた。だが、今年も昨年と同様、北朝鮮の核には言及がなかった。
 北朝鮮は昨年7月、計7発の弾道ミサイル発射実験を行い、10月には核実験まで強行した。日本にとって当面の最大の核脅威は北朝鮮であろう。秋葉市長の平和宣言はなぜ、北朝鮮の核の脅威には言及しないのだろうか。
 6カ国協議で、北は寧辺の核施設の稼働停止に応じ、非核化へ向けて第一歩を踏み出したかに見える。だが、核計画の完全申告や核施設無能力化などの問題は先送りされ、実施のメドすら立っていない。北は軽水炉をはじめとする要求を拡大することで、時間稼ぎを図る可能性も残る。
 そうした時期だけに、北朝鮮に対して完全に核廃棄を求める強いメッセージが必要だった。国際社会も日本国民もそれを期待していたはずだ。
 今年の広島の平和宣言は、4月に凶弾に倒れた伊藤一長前長崎市長にも哀悼の意を表した。伊藤前市長が昨年8月9日の長崎原爆の日に読み上げた平和宣言は、「核兵器保有を宣言した北朝鮮は、我が国をはじめ世界の平和と安全を脅かしています」と北の核の脅威にも触れていた。秋葉市長は伊藤前長崎市長から、現実を踏まえた平和宣言のあり方を学ぶべきである。
 6月末、久間章生前防衛相は千葉県内での講演で、米国の原爆投下について「しょうがない」と発言し、大臣を引責辞任した。日本は侵略したのだから原爆を投下されてもやむを得ないという考え方は、今も日本の一部の教育現場に残っている。
 だが、広島や長崎で原爆の犠牲になった人々のほとんどは、非戦闘員だった。米国でも戦後、アイゼンハワー氏やリーヒ氏ら元将校が原爆投下を疑問視する発言をしている。「原爆はソ連との政治戦争に使用された」(米の女性歴史家、ヘレン・ミアーズ氏)といった見方もある。
 現在も多くの被爆者が後遺症に苦しみながら亡くなっている。原爆の悲劇を繰り返さないためにも、バランスのとれた平和教育が必要である。

資料 嬉野市 慰安婦決議

http://www.saga-s.co.jp/view.php?pageId=1036&mode=0&classId=0&blockId=648610&newsMode=article
慰安婦問題で国の主張求める意見書可決 嬉野市


 嬉野市議会は定例議会最終日の26日、従軍慰安婦問題について、国が世界に対して調査研究に基づく事実を主張するよう求める意見書を賛成多数で可決した。

 意見書は米下院の「日本政府は公式謝罪をすべき」などの決議を受け、市議有志で起草して提案。同決議に疑問を呈するとともに、「謝罪を繰り返す国の外交政策は、現在や将来の国民の誇りを失いかねない重大な問題」と指摘。国にこれまでの研究に基づく事実を各国に説明していくことを求めている。賛成18、反対1で可決した。

 同市議会事務局によると、県内10市で同様の意見書はこれまでなく、県町村議長会も「県内の町村議会で同様の意見書は記憶にない」という。同市議会の提案議員の1人は「事実はきちんと認めた上で、虚実については違うと強く主張するべき。地方から国にいろんなことを要求することも大事だ」と話した。

 これに対し、反対議員は「外交にかかわる問題で事実についても見解が分かれており、慎重に対応すべき」と話した。
09月27日更新

資料 沖縄条項

Unknown (きんじょう)
2007-10-04 19:46:23
ついに本音が・・・

「教科書検定:基準に「沖縄条項」新設を要求…沖縄県知事」

沖縄戦の住民集団自決で日本軍が強制したとの記述が教科書検定で削除された問題で、沖縄県の仲井真弘多知事は3日、国会内で記者会見し、教科書検定基準にアジア諸国に配慮する近隣諸国条項と同じような「沖縄条項」を新設するよう、文部科学省に要求する考えを明らかにした。

仲井真知事は、渡海紀三朗文科相らと会談した後、先月29日に約11万人(主催者発表)が集まった県民大会で実行委員会委員長を務めた仲里利信・県議会議長らと会見した。仲里県議会議長は「今後も同じ問題が出ないとも限らない。10年後に出たら、(戦争体験の)証言者もいなくなり、そのまま検定が通ってしまう。今後も起こらないようにしたい気持ちだ」と述べ、今回の問題が解決した後に「沖縄条項」の新設を文科省に求める考えを示し、仲井真知事も同意した。

同席した県子ども会育成連絡協議会の玉寄哲永会長は「政権が変わるたびに(検定内容が)揺れるのはおかしい。歴史的事実が動かないよう、沖縄条項を作ってもらいたい」と訴えた。

近隣諸国条項は82年、日本軍の中国への「侵略」の表記をめぐる検定意見をきっかけに教科書検定基準に追加された。「アジア諸国との間に近現代の歴史的事象の扱いに国際理解と国際協調の見地から必要な配慮がされていること」として、表現などの配慮が求められている。

毎日新聞 2007年10月3日 21時00分
http://blog.goo.ne.jp/taezaki160925/e/cc8276ce6645845c17b870ad2fd9acb3

資料 麻生クーデター 流布 ジャーナリスト 政治家

http://kukkuri.jpn.org/boyakikukkuri2/log/eid374.html

 今朝のワイドショー、たぶん「スパモニ」でちらっと見たんですが、日本音響研究所の鈴木さんが、昨夕の会見での安倍さんの声を解析したんです。

 そしたら、質疑応答のところ、「麻生クーデター説」に言及した2箇所だけ、安倍さんの声の調子が他とは違っている、動揺しているとのことでした。
 「麻生さんに申し訳ないことをした」という気持ちが大きかったようですから、そこから来た動揺だったのでしょうか。

 安倍さんの会見からプレイバック。

■安倍首相の慶応大学病院での記者会見全文(阿比留瑠比さんのブログ9/24)

記者 総裁選について。麻生が辞意を知っていながら結果的に退陣に追い込んだというクーデター説が流れた。
安倍首相 麻生幹事長には総裁と幹事長という関係ですから、辞意ということでなく「最近少し体調が思わしくない」という話をしたことはございます。そして巷間言われているようなクーデター説というような、そういうことはまったく違います。そもそもそんな事実は存在しないとはっきり申し上げていいという風に思います。むしろ、幹事長としてこの困難な状況の収拾に汗を流して頂いたと感謝しております。

(中略)

記者 総理が麻生幹事長に騙されたとか、与謝野官房長官に主導権を奪われたと述べたと、一部の国会議員が総裁選の最中に流布したようだが、本当に話したのか。

安倍首相 そういう事実はまったくございません。特に今回突然の辞意表明になったわけでありますが、その後の事態の収拾に対し大変麻生幹事長も与謝野官房長官も本当によくやっていただいたと感謝しております。そういう事実はまったくございません。

 「麻生クーデター説」について、産経は今朝こういう記事を書いてます。

・【首相交代】(中)謀略否定した首相の「真意」(産経9/24(9/25朝刊掲載))

 東京・信濃町の慶応病院総合科学研究棟1階の会議室。12日ぶりに公の場に姿を現した首相、安倍晋三に保守派論客として鳴らした絶頂期の面影は消えていた。

 「所信表明直後という最悪のタイミングに辞意表明したことを深くおわび申し上げます。辞任を決意した最大の要因である体調の変化を触れず非常に申し訳なかった…」

 髪を整え、濃紺のスーツに身を包んでいたが、やせたためにワイシャツの首元は緩み、言葉は途切れがちだった。

 安倍がこれほどやつれた姿をカメラにさらしたのは、25日の国会の首相指名を前に国民に「おわび」したかったことが最大の理由だが、実はもう1つあった。

 総裁選中に流された前幹事長の麻生太郎、官房長官の与謝野馨に向けられた「謀略情報」を否定するためだった。元首相の森喜朗の制止を振り切っての決断だった。

 「麻生は安倍を続投させ、次期総裁への足場を築こうとした」「安倍は辞任直前に『麻生にだまされた』と漏らした」-。

 このような情報は新総裁の福田康夫が出馬を決めた13日夜に突然流れ始めた。これを知った麻生は当初、「誰がそんなくだらないウソを…」と取り合わなかったが、情報の出所を知り、耳を疑った。安倍と親しい町村派幹部だったからだ。

 麻生は14日午後、総裁選の報告をかねて、安倍の見舞いに病院を訪れた。自らの窮状を訴えたい思いもあったが、やつれ果てた安倍の姿を見て言葉を飲み込んだ。

「おれは首相がこれほどの病を我慢して頑張ってきたことに気づかなかったのか。本当に申し訳ないことをした」。謀略情報で麻生が反撃すれば、安倍を傷付けることにもなりかねない。こう考えた麻生は一切のデマに口をつぐむようになった。

 謀略情報は与謝野にも及んだ。「麻生と与謝野は安倍をカヤの外に置き、勝手な人事を推し進めた」。温厚な与謝野もこれには激高した。

 18日午前、首相不在で開かれた閣僚懇談会後、与謝野は外相の町村信孝を呼び止めた。

 与謝野「町村派がとんでもないウソを流している。知ってて止めないならばあなたも同罪だ!」
 町村「誰のことを言っているんだ」
 与謝野「言われなくても分かるだろう」

 入院後、1週間は点滴だけで栄養をとっていた安倍だが、次第に容体は安定し、総裁選の情報もジワジワと耳に入るようになってきた。「麻生さんに申し訳ないことをした」。安倍は周囲にこう漏らしたという。

 記者会見の最後に、「麻生・与謝野謀略説」を問われた安倍はきっぱりとこう言った。

 「そういう事実はまったくありません。麻生氏も与謝野氏も本当によくやっていただいた。感謝しています」

 その厳しい目つきには、病に倒れたがゆえに自らの政治路線を自民党に否定された無念さがにじみ出ていた。
(以下略)

 この記事では、「麻生・与謝野謀略説」(≒「麻生クーデター説」)を流布したのは安倍さんと親しい町村派幹部となってますね。

 青山繁晴さんによれば、「流布したのは自民党議員で、しかも複数いる」という話でした。青山さんはそのうちの一人を突き止め、激しく抗議しています(9/19放送「アンカー」)。

 三宅久之さんも、麻生クーデター説を「本当らしい」と話してましたが(9/15放送(収録は9/13)「たかじんのそこまで言って委員会」)、こちらの情報源は「安倍さんの親しい人」というだけで、詳細は不明です。

 以上のことから総合判断しますと、「安倍さんと親しい町村派幹部が、配下の複数の議員を使って流布した」ってことになるんでしょうか。

 ただ、須田慎一郎さんも側近から聞いた話として、麻生クーデター説を言ってたんですが(9/13放送「ムーブ!」。どこかに動画が残ってるかもしれません)、須田さんは後日、この側近は井上義行秘書官であると明かしてたように私は記憶してるんです。つまり永田町ではなくて官邸であると。

 麻生クーデター説については、上の方々よりももっと有名なのが上杉隆さんらしいんですが、私は直接見聞きしてないのでよくわかりません。この人の情報源は誰だったんでしょうか。

 何だかもうわけがわかりませんね(T^T)
 麻生さんに打撃を与えたこの謀略の全貌が明かされる日は来るのでしょうか。

 いずれにしても、ジャーナリストやコメンテーターの方々が結果的に反麻生派に利用されてしまったのは明らかで、政治の世界の恐ろしさ、マスメディアの恐ろしさ、そういったものを改めて感じました。

麻生 安倍 青山 国家主権

http://blog.goo.ne.jp/shiaoyama_july/e/80ae8aaac5b49cc30eaa2267b03a8ce5
苦しみを、いつかは超えて




▼足の怪我で、すべての予定をキャンセルしたおかげで、安倍さんの入院先での会見を録画ではなく生放送でみることができた。

 いつもなら、こうした場合、すこし周辺取材をしてから、どのような形であれ考えを述べるけれども、きょうは第一印象をすぐに書いておくことにします。


▼入院先で、しかも今のタイミングで記者会見するなら、こういう会見になるであろうと多くのひとが考えていたとおりの、予定調和のような会見内容という側面があった。
 それは、万(ばん)、やむを得ないと思う。

 安倍さんの国民に詫びるこころ、内閣と国会に詫びる気持ち、それから、おそらくは拉致被害者とその家族への責任感もあって、一議員としては課題に取り組みつづける決心を述べたことは、伝わるひとには伝わったと、思いたい。


▼そのうえで、いくつかを記したい。

▽まず辞任の「最大の理由」を健康問題とし、辞意を表明した会見で、ただの一言も健康に触れなかったことについては「現職の総理が、健康問題に触れるべきではないと思った」と述べ、しかし触れるべきであったと陳謝した。

 現職の総理で病気になったひとは、もちろん何人もいる。
 いずれもまず、入院などの加療を受けて、その経過を受けて退陣するか、あるいは病院で死去した。
 入院も、国民にわかる加療もなく、一切、健康問題に触れずに、別の問題を挙げて辞任会見をおこない、そののちに入院した総理はいない。
 さらに、その入院中に「実は、健康問題が辞任の最大の理由だった」と言葉を翻した総理大臣も初めてだ。

 安倍さんが、それだけ心身がおかしくなっていたんだ、という見方をするひともいるだろう。

 だが実際の安倍さんは、入院先の慶応病院の病室で、政治家ではない身近なひとには、「戦後レジュームからの転換は、1対99の戦いだった」という心境を、憔悴したようすで話した事実がある。

 安倍さんは、最後に、いわば、いちばん当たり障りのない「健康問題」を理由に挙げることによって、みずからが直面した「戦後レジュームからの転換、すなわち日本がフェアな国家主権を回復することを進めようとして、直面することになった孤立と孤独」を歴史の裏へ封印してしまった。

 わたしは、それを残念には、思う。
 ただ、安倍さんが保身のために、そうしたとは決して思わない。

 以下は、推測である。

 ひとつには、安倍さんは、拉致被害者とその家族のために代議士であることを続ける以上は、辞任をめぐる謎や混乱については「健康問題でした」とすることによって収束させ、みずからが引き起こした混乱劇に終止符を打つしかないと考えたのではないか。

 もうひとつには、安倍さんは、麻生さんがクーデターを起こそうとしていたとの嘘をはじめ、おなじ自民党内に疑心暗鬼の状況を生み出したことについて、安倍さんらしく本心から申し訳なく思い、誰もが、すくなくとも表面上は納得したように振る舞うしかない「健康問題」ですべてを説明しようとも、考えたのではないか。

 以上は、前述したように、ただの推測であるが、これがいくらかは当たっているとしても、「それこそが安倍の弱さだ」と非難するひともいるだろう。

 その非難に当たっている面があってもなお、わたしは、安倍さんが仮にこう考えたとするなら、理解はする。
 たとえばアメリカやヨーロッパの政治と社会でも、高官たちが「家族と一緒にいたいから」といった、その社会では誰もが反論できない理由を掲げて、ほんとうの辞任理由は明かさずに去っていくことがあるし、それは例外的には大統領や首相クラスでも起きている。
 安倍さんだけが例外だとみることは、やや違う。

 わたしは、きのうの出雲の講演で申したように、安倍さんが、戦後の首相として初めて、この祖国のフェアな主権回復に取り組み、その壁の厚さに孤立して異様な形で辞任したからこそ、壁の厚さと巨大さをよく知り、これからに活かすようでありたいと、今あらためて思う。


▽次に、麻生さん、与謝野さんとの関係について、安倍さんが「クーデター説は、そのような事実は全くない」と述べ、安倍さんが、麻生に騙されたという言葉を発したという説についても、しっかり否定したことは、当然であり、ありのままにおっしゃったと思う。
 いずれも事実でなく、卑劣な情報の操作と偽造が、政治家(複数)によって行われたことは、わたしもこれまで指摘してきたとおりだ。

 そのうえで、安倍さんが、麻生さんについて、辞意表明後の混乱の「収束」について頑張ってくれたという認識を二度にわたって強調し、一方で、辞意を表明する前のことについては「麻生幹事長もよく支えてくれました」と一度だけ、淡々と述べたことに、わたしはいささか着目せざるを得なかった。

 解釈の違いはあり得る。
 安倍さんの病院会見は、これからも代議士として政治生活を続けるひとのそれらしく、きわめて政治的な言葉、あるいは日本的な配慮たっぷりの言葉遣いであったから、さまざまな解釈はあり得る。
 簡単に言うと、あまり露骨には言わないけど、分かるひとは分かってくださいね、という会見でもあった。
「予定調和」に加えて、その一面もあった。

 安倍さんの現在の麻生さんへの感謝、それは間違いなく本心だろう。
 ただ、それは、辞意表明後の混乱の収束や、『北朝鮮への強硬路線の継続』という日本の選択がしっかりとあることを、総裁選の健闘を通じて、国民に示してくれたことへの感謝だということも、安倍さんのこの入院中会見で、あくまでも周辺取材のない第一印象としては、わたしに伝わってきた。

 辞意表明に至るまでの道のりでは、安倍さんの、恐ろしい孤独と孤立があったことを、安倍さんは、それが無意識なのか意識してなのかは、すくなくとも現時点では分からないが示唆していることを感じた。

 いずれも、先の長い書き込みで、わたしのささやかな分析として書いたことと、わたしは矛盾をみることがなかった。
 さきほど記したように、解釈の違いはあり得るから、別の見方も、もちろんあるだろう。それは、この部分以外のことについても、同じだ。


▽テロ特措法の問題について、安倍さんは冒頭発言で「特措法の延長によって」海上自衛隊の給油活動を継続したかったことを明言し、それをブッシュ大統領などに約束したことを示唆した。

 新法については、一言も触れなかった。

 このことも、先の長い書き込みの分析と、一致しているように、わたしは考えた。
 今夕の安倍さんのような短い会見で、しかも、政治的配慮に満ちて丸められた言葉のなかから、おのれの分析にとって都合のよい言葉だけを拾うことは絶対にやってはいけない。
 安倍さんの今夕の会見のすべての言葉を通じて、すくなくとも矛盾はないとだけ、わたしは考えた。


▽もうひとつ、小沢さんとの党首会談が、テロ特措法の延長のために(新法のためにではなく)、やる会談であり、その会談ではテロ特措法延長の代わりに、首を差し出す(首相を辞める)ことを用意していたことを、ここは安倍さんはちょっとびっくりするぐらい、強く示唆した。

 これは、先の長い書き込みに記したように、麻生執行部が、そんな小沢さんと談合会談などやればテロ特措法延長の代わりに首相の首を差し出すことになってしまうと懸念して、そのセットに不熱心だったことについて、その懸念が正しかったことを物語る。
 懸念が正しかったからこそ、その当時の安倍さんと麻生さんや与謝野さんとに、食い違いとコミュニケーション・ギャップが生まれてしまったのだった。


▼さて、安倍さんはこうして、一応の説明も完成させ、体調が戻れば、いつかは政治に戻ってくる。

 会見を、おそらくは食い入るようにご覧になっていたであろう、拉致被害者の家族のかたがたは、安倍さんの別人のように生気を失った姿に衝撃を受けつつ、これからも頑張るというニュアンスに、いくらかの安堵もされただろうと、そう祈る。

 拉致被害者の、有本恵子ちゃんのお父さんは、このごろ安倍さんがテレビに出るたび、涙しておられた。
 きょうは、どんなであっただろうかと、胸をえぐられる。
 恵子ちゃんは、わたしと同じ幼稚園の出身だ。
 それもあって、わたしなりに懸命に関わっているが、この有本恵子ちゃんの事件を初めて、まともに取り上げてくれたのが、安倍晋太郎さんの秘書だった当時の安倍晋三さんだった。

 安倍晋三さんがいなかったならば、恵子は闇の彼方に閉じこめられたままだったと、ご両親が思うのはまったくその通りであり、その安倍さんが総理になったときの期待はどれほどであったか。

 安倍さんが、そのことを忘れていることは、まったくないだろう。
 だからこそ、きょうの苦しい会見もやったし、きょうの会見を、クーデターの明快な否定も含めて完遂したのであり、それは、安倍さんと麻生さんらが再び、連帯できるよう信頼関係が回復したことを物語っていると思う。

 そこに、麻生さんの総裁選での驚くべき健闘、なんと200票近くを集めるという結果をあわせて思えば、まだまだ決して絶望ではない。

 生放送で眼にした安倍さんの憔悴した表情にも、胸に浮かぶ有本さんご夫妻のようすにも、深く苦しみながらも、わたしは、そう思っている。


http://blog.goo.ne.jp/shiaoyama_july/e/17dabc84642d74c5cced749abf89d7a2
http://blog.goo.ne.jp/shiaoyama_july/e/58e72b63dd8b550fdbc8de4bc0a6c1f0
このあとの10年 ★前半



※この書き込みは、全文が、制限文字数を大きく超えているため、前半と後半に分けてあります。
 これが前半です。ここから読んでいただければと思います。


▼9月21日の金曜、日本のテロリズム対策の現状を本音でフェアに分析し、課題をえぐりだすために、政府のいくつかの関係当局との合同協議に臨んだ。
 安全保障の実務者としての、またシンクタンク(独立総研)の社長・兼・首席研究員としての定例ミーティングだ。
 わたしがまだ三菱総研の研究員だったころから続いている。

 皮肉なことに、安倍さんが辞意を表明して国会が止まっていることも影響して、政府側がたっぷり時間を割くことができ、協議は充実していた。

 永遠に機密を保つことと、利害関係を生じさせないことを条件に、官と民がこうした国家安全保障をめぐる非公式協議を持つことができるようになったこと自体、日本国は深い部分で良くなっているところもあると、わたしは考えている。

 テロリストの側に情報を一切、与えないために、中身はもちろん書くことができない。
 ただ、そうした機密とは関係がない、すなわち機密ではない公然たる事実なのに、日本国民が充分に知らされているとは言えない問題をめぐって、当局者たちとのあいだで話題になったことを、広く一般のかたがたに向けて記しておきたい。

 たとえば北方領土のわたしたちの土地を、ロシア政府あるいはサハリン州政府が最近、個人のロシア人に積極的に売却している。
 このために仮に政府間交渉で、将来に、何かの進展があっても、領土返還は実際にはきわめて難しくなった。
 北方領土交渉は、行き詰まっているのではない。どんどん悪化しているのだ。

 たとえば竹島問題は、わたしたちの島が韓国に国際法上、違法に占領されているだけではなく、その事実をもとにして、日本のごく近海で韓国の漁船が不法操業を繰り返してカニなどの漁場を荒らしに荒らし、日本の漁民が生活を脅かされている。 

 たとえば尖閣諸島をめぐる問題は、わたしたちの海底資源を中国が実質的に盗掘しているという問題だけではない。
 中国船が海中音響技術(超音波)などを用いて、東シナ海だけではなく日本列島をかこむ日本の排他的経済水域(EEZ)のうち広大な海域のあちこちで、勝手に資源探索をおこなっている。
 さらには、そうした中国船が、アクション(直接行動)をとることがある。それは、日本が新しい自前資源であるメタンハイドレートを探索することを妨害するためのアクションだと、考えざるを得ない。

 当局者たちは、こうしたアクチュアルな(現在進行中の)問題を、実務家らしく淡々と指摘していた。
 わたしは、稚拙な物言いながら(謙遜ではありませぬ)、こう述べた。

「いずれも日本が国際社会でまっとうな国家主権を行使することを不法に阻まれている問題ですね。日本が敗戦から62年を経てなお、あるいは独立の回復(サンフランシスコ講和条約の発効)から55年を経てなお、国家主権を不完全にしか回復していないことを象徴しています。日本が国家主権を行使できない国として舐められている、この現状が続く限り、現場がどれほど苦労をしても、土地を奪われた北方領土の元島民のかたがたや、竹島近海からオホーツク海に至るまで、正当な漁業権を侵害されている漁民のかたがたの苦しみは終わらないし、日本が資源小国から資源大国に変わっていくチャンスも失われてしまいますね。この根っこのところを、しっかりと踏まえたい」
 最前線の、つわもの揃いの当局者たちは、官民の立場の違いを超えて、深く同意してくれた。

 安倍さんは、まさしくこの国家主権の回復にこそ、取り組もうとした。

 日本国は、小泉政権の時代に、中国や韓国の干渉に負けずに小泉純一郎首相が靖国神社に参拝し、中川昭一経産相が尖閣諸島周辺の海に初めて、たった2隻で、しかも外国船のチャーターとはいえ資源調査船を派遣して、国家主権のフェアな回復へ向けて目覚め始めたことを、アジアと世界に示した。

 小泉政権を受け継いだ安倍政権は、靖国神社への参拝をあいまいに見送り続けた事実があり、そこは、正しかったかどうかの問題は残るが、全体としては、国家主権の正当、公正な回復を目指した。
 あくまでも国際法にぴたりと沿った志向であり、タカ派などという言葉にすり替えられるべきことではない。

 こうやって日本が目覚め始めたからこそ、ロシアも韓国も中国も、日本の敗戦で得た既得権益を守ろうと焦り、北方領土や竹島、尖閣諸島周辺で新たな動きを強めているのだ。


▼その安倍政権が、若き宰相、安倍晋三首相の誤算をも要因として瓦解し、ほんらい国家主権の回復という目標を受け継いで発足すべきだった麻生政権が、麻生太郎さんの誤算も大きく影響して、どうやら発足しないらしいのは、まさしく痛恨事だ。

 安倍さんは、初めての戦後生まれの宰相であった。そのトライアル(試み)が失敗し、後継政権をつくることもならなかった影響は、あまりに大きいだろう。

 拉致問題に鈍感なのは、まだ誘拐されたままの同胞の運命に鈍感なだけではなく、この国家主権の回復という希求にも鈍感なのだ。
 最後のひとりまで取り返すことだけが拉致事件の解決であるのは、人道的に考えてそうなのではなく、たった一人の国民でも見捨てて解決とした瞬間に、この日本が国民国家でなくなるからだ。

 福田康夫さんを新首相に押し立てている主要なひとりである山崎拓さんは、こう述べた。
「核と拉致を分けるべきだ。なぜなら核は安全保障問題であり、拉致は人道問題だから」
 この地味ブログをわざわざ訪ねてくれたみなさんに、わたしは申したい。

 元防衛庁長官であり、元自民党副総裁であり、元自民党幹事長であり、防衛族の大物として知られる政治家が、これほどまでに基本的な間違いを言うのである。
 一方で、大学で、わたしがひとりの学生に「この山崎さんの発言を考えるために、聞きます。安全保障の最大の、究極の目的は何ですか」と聞くと、「国民を護ることです」と、ぴたり正解が返ってきた。

 そのとおり、国家安全保障の目的は、国民を護ることに尽きるから、日本国民が次から次へと誘拐されていった拉致問題は、まさしく安全保障問題である。

 山拓さんが「人道問題」と述べた言葉には、「可哀想な、気の毒な問題なんだから」といニュアンスがある。
 これは国際法の「人道」という定義も、はき違えている。
 ほんとうの人道とは、あらゆる人間の尊厳を護ることであり、気の毒といった問題じゃない。

 地球のひとびとはすべて、祖国を持って生きる権利があり、その祖国は国民の尊厳を護る。
 だから、安全保障問題と人道問題は、表裏一体であり、まったく分けることができない。

 つまり、防衛族の大物政治家よりも、若い一学生のほうが、本質をきちんと、とらえている。
 これを日本の絶望とみるのか、希望とみるのか。

 それを考えつつ、どうやら誕生直前らしい福田政権をみると、首班候補である福田さんが、2002年10月に拉致被害者のかたがた5人が帰国したとき、北朝鮮にいったん返そうとした外務省を支持し、そのまま祖国で生活することを主張した安倍さんと鋭く対立した事実は、消せない。
 すなわち、福田政権ならば、国家主権の問題に鈍感であるという政権の性格を、すでに内包している。

 麻生さんが拉致問題で強硬姿勢をみせていることを、総裁選の戦術だと論評しているメディアがあるが、公平にみて、そうではなく、国家主権の問題に敏感なのか、鈍感なのかという、きわめて基本的な姿勢の違いである。

 安倍政権が、国家主権の回復への試みにおいて挫折し、同じ根っこの志を掲げる後継政権の樹立もならないならば、このあと、どんなに少なくとも2年か3年、悪くすれば5年、さらには10年の長きにわたって、日本国が国際社会でまっとうにしてフェアな国家主権を回復しようとする試みは、封じられ続ける怖れがある。

 最悪の場合に10年ほどにわたって、国家主権の回復が遅れるならば、拉致被害者のかたがたの家族の多くが健在なうちに被害者を取り戻すことは、かなわない。
 竹島と北方の領土を回復し、そこに仕事(漁業)や生活の基盤を置いていた国民の権利を回復することも、かなわない。
 EEZの新資源を活用して、資源小国から脱し自前の資源を持つ新しい国とすることも、かなわない。

 国家主義がどうとか、タカ派、ハト派がどうとかといった話じゃなく、わたしたちのリアルな生存権の問題だ。

 では絶望か。
 いや、そうではない。
 このことは後で、もう一度、考える。
 そのまえに、なぜ安倍政権は後継政権をつくることがなかったのか、その誤算について触れておきたい。


▼まず、病気こそが、安倍さんの突然の辞任のほんとうの原因、主因だったという説がある。
 しかし、これは、政権運営に失敗したとしても、わたしたちの宰相であった安倍さんに、あまりに失礼だと思う。(麻生さん、与謝野さんとの関係については後述します)

 病気が主因ならば、安倍さんはまず病院に入院し、そこに麻生幹事長や与謝野馨官房長官らを呼んで、最終的な辞意を告げ、後任選びに着手してくれるよう求めたはずだ。
(そして、そうであれば麻生政権への流れが生まれた可能性もある)

 安倍さんは、そうではなく自ら選んで、辞任会見を行って、そこでなぜ辞めるかを説明した。
 テロ特措法による海上自衛隊の給油活動を、中断なく延長したかったことを強調し、そのために小沢一郎民主党代表との会談を願ったが実現しなかったことを、辞任の理由として明言した。

 会見で、安倍さんはこう語った。
「シドニーにおきまして、テロとの戦い、国際社会から期待されているこの活動を、そして高い評価をされているこの活動を、中断することがあってはならない、なんとしても継続をしていかなければならないと、このように申しあげました。国際社会への貢献、これは私が申し上げている、主張する外交の中核でございます。この政策は何としてもやり遂げていく責任が私にはある、この思いの中で、私は、中断しないために全力を尽くしていく、職を賭していく、というお話をいたしました。そして、私は、職に決してしがみつくものでもない、と申し上げたわけであります」

 安倍さんは、みずからの「職を賭して、給油活動の中断なき継続という国際貢献を実現する」という発信、宰相の重い発言に、殉じたのである。

 もちろん体調が悪かったことは間違いない。
 安倍さんは、ずいぶんと昔から、お腹がゆるくて、それがこのごろ悪化はしていた。
 参院選のあとインドを訪問したとき、首脳会談を控えて何度も何度もトイレに駆け込む姿を、少なからぬ同行者がそれを目撃し、ショックを受けている。
 立っていること自体が辛そうだったと証言している、側近もいる。

 しかし、それでもなお安倍さんは、首脳会談は立派にこなした。
 インドのしたたかなマンモハン・シン首相に、ポスト京都議定書をめぐって、総論賛成・各論反対で逃げられはしたが、それは安倍さんが体調の悪い宰相だったからではない。
 各論について、インドの経済発展と、CO2削減を両立させるための有効な提案を準備できていなかったという日本外交の構造的な問題だ。

 お腹の不調だけではなく、精神的に追い詰められていたから政権を投げ出したという説も、しきりに溢れている。
 事実、精神的に追い詰められていたという証言は、信頼できる側近のなかにも複数ある。
 安倍さんが精神神経科のドクターの診察を受けていた事実は今のところ聞かないから、安倍さんの心の中の問題であり、推察になってしまうが、精神的にも万全ではなかった可能性があるとは確かに言えるだろう。

 安倍さんがよく相談していたことが間違いない側近は、インドを訪れたあたりから、特に、顔に表情が乏しくなって黙り込むことが多くなったと述べている。

 しかし、それでもなお、安倍さんは前述したようにシン首相との首脳会談などを終え、帰国後に内閣改造と党人事をおこなってから、今度はシドニーに行き、ブッシュ米大統領やハワード豪首相との首脳会談をちゃんとこなし、そこで「中断なく給油活動を続ける」と約束したのだ。

 そして帰国後、安倍さんは小沢代表との会談がセットできず、テロ特措法の延長がもはや最終的に無理であり、給油がいったん中断することを意味する新法で臨むしかない現実に直面し、みずからの意志で、針のむしろの辞任会見をおこなった。

 わたしは共同通信の政治記者だったとき、複数の総理から、官邸の会見室で、ライトやフラッシュを浴びながら世界と日本国民に向けて会見をおこなう、想像を絶するプレッシャーを聞かされた。

 なかには、「青山君、あの腹の据わった大平さんですら、一閣僚ではなく内閣総理大臣になって、官邸の記者会見室に初めて入るその瞬間、身体が動かなくなって、つまり会見室に入れなくなって、しばらく立ち尽くしたそうだよ。わたしもね、就任会見の時に突然、その話を思い出して、冷や汗が出たよ。まぁ、それを聞いていたからこそ、会見室には入れたがね」と静養先の別荘で話してくれた総理もいた。

 安倍さんは、心身の不調があってなお、それに耐えて、ただでさえプレッシャーに潰されそうな総理会見を、まさしく針のむしろのなかで完遂した。
 冒頭発言を述べるだけではなく、つまり言いっぱなしにするのではなく、記者との一問一答にもきちんと応じた。
 質問は10問に及んだが、いずれも最後まで丁寧に、誠実に、答えきった。

 安倍さんはこれを終えた翌日に入院したのであり、すくなくとも内閣総理大臣、安倍晋三さん、ご本人は、病気が辞任の主因ではなく、海上自衛隊の給油継続をめぐっての辞任であることを、言葉だけではなく身をもって示された。

 それにもかかわらず病気を主因として、いいだろううか。
 代表質問を前にして辞任という前代未聞の辞め方であるから、これが無責任であるという指摘は、後世にわたって長く続くだろう。
 その指摘は、正しい。安倍さんは、まことにまことに残念ながら、その責任から歴史の上においても逃げることはできない。

 しかし、辞め方ではなく、辞任そのものの理由については、総理みずからが入院に逃げ込まないで、国民に説明したのだから、それを第一とするのが、いずれにせよわれらの民主主義の正当な手続きで総理大臣を選んでいる以上は、もっともフェアだし、客観的な態度だと考える。


▼次に、麻生さんらとの関係だ。

 まず「安倍総理が、麻生に騙されたと漏らした」という説が流された。
 しかし、わたしの知る限り、安倍さんはこのような言葉遣いをしない。

 安倍晋三さんは、うわべではなく、ほんとうに、こころ優しい人だ。
 誰かに不満や怒りを持つことがあっても、それで「あいつに騙された」などと言ったりしない。
 わぁと怒鳴ることも、ない。
 表情を曇らせ、言葉が少なくなり、誰かの行動に不満や怒りを内心で感じていることを、周りに気取(けど)らせるだけだ。

 余談だが、ほんとうは激情家で、周りをぴりぴりさせる福田さんとは対照的である。

 その安倍さんが、麻生さんらの人事、すなわち主要閣僚人事ではなく、党の人事に不満を示唆し、麻生さんと連携していた与謝野官房長官の、閣僚ではない細かい人事にも不満を、前述したような所作で示していたことは、安倍さんの信任が厚かった身近なひとびとが語っている。

 問題は、この不満の示唆を「総理が、麻生に騙されたと、周辺に言った」という作り話に置き換えた政治家がいるということだ。
 その発端について、安倍さんの側近はわたしに「官邸関係者のなかに、総理は麻生さんに騙されたと思ってらっしゃる感じなんです、と政治家に言ってしまったひとがいる」と語ったが、正直、それが事実かどうか確認できない。

 これによれば、官邸のなかのある人物(1人)が、「騙されたと思ってらっしゃる感じ」という、かなり不用意な発言をして、それを聞いた政治家が、脚色して「騙されたと言っている」に変えて、流したということになる。

 しかし、わたしには確証が掴めなかったから、テレビなどで触れたことはない。

 安倍さんの不満については、官邸や党本部のなかで実際は早い段階からかなり語られていたから、その空気のなかで不用意な発言があったのかもしれないな、とは考えなくもないが、これも政治家が「ちょっと脚色はしたが、その元になる証言はあったんだ」と強弁するための偽情報の可能性があり、これからもテレビなどでは述べるつもりはない。

 一方で、参院選の敗北のとき、いち早く続投をただひとり進言してくれた麻生さんを頼む気持ちが強かっただけに、麻生さんとのその後のコミュニケーション・ギャップは、安倍さんにはきつかったと思わざるを得ない。

 それを検証するために、ちょっと遡(さかのぼ)りたい。

(後半に続く)





コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
category
Weblog


2007年09月23日 09時04分53秒



このあとの10年 ★後半

※前半から続く。
 読んでいただくひとは、恐縮ながら、必ず前半から読んでください。


▼安倍さんは、かつては麻生さんと縁が薄かった。しかし安倍さんが総理になってから抱いていた、麻生さんへの新しい、深い信頼をわたしが直接に感じたのは、5月29日のことだった。
 松岡利勝農水相が自害した、その翌日である。

 松岡さんの遺骸を乗せた車を、首相官邸の正門で迎え、手をあわせて冥福を祈り、ご家族に深く頭を下げて弔意を示した安倍さんは、官邸のなかに戻ってきた。

 昼食をともにしながら、わたしに、安倍さんは、主として拉致問題解決への熱い思いを語った。
 ブッシュ大統領に首脳会談で直接、「日本国民が拉致されたまま、テロ支援国家の指定を外すなら、それは日本国民にとっては裏切りになる」と強い言葉で述べたという。

 わたしは、その明確な言葉を高く評価し、そのあと硫黄島を語り、海上自衛隊基地の滑走路を引きはがして、わたしたちの英霊の遺骨を取り戻してくださいとお願いし、安倍さんは「きっとやろう」と言ってくれた。

 そして別れ際に突然、安倍さんは「青山さん、きのうのことでね(…つまり松岡さんの自害のあと)、誰がいちばん最初に電話してきてくれたと思う?」と聞いた。

 誰かな?
 麻生さん、という名前もよぎったが、ドイツで外相会合に出席している最中だったから、別の名前を考えようとした。

 すると、安倍さんは「麻生さんなんだよ。わざわざドイツから、真っ先に電話をくれてね」と言い、「励ましてくれたんだ」と続けた。
 その安倍さんの眼は、まるで子どものように、うれしそうに輝いた。

わたしはふと、「あ、安倍さんは、いざとなったら辞めることを考えている」と思った。
 政治とカネに絡んで現職閣僚が首を吊るという、あまりに異様な事態に加えて、そのときすでに年金の保険料の記録が消失した問題が大きくなっていた。

 そして「万一の辞任のときには、麻生さんに譲るつもりなんだな」とも思った。
 そこで「総理、麻生さんが志を共通するひとだということは、よく分かります。わたしたちと同じように、拉致被害者の最後の一人まで取り返すことこそが解決だとおっしゃっています。ただ、安倍内閣は史上初めて、国民に明確に憲法改正を訴えて、国民投票法も成立させました。その凍結が解ける3年後までは、安倍内閣を維持する責任があると思います」と述べた。

 その瞬間、その瞬間だけ、安倍さんは眼の色を消した。
 それまで喜怒哀楽を、はっきりと眼に表していたのに、突然、消した。
 そして無言だった。

 わたしは、これは目先のことは別として、長期の政権を維持することには自信が持てなくなっているのじゃないか、と思った。
 だからこそ、麻生さんの真っ先の励ましがうれしかったのだろうと思った。

 それ以上は、わたしは何も言わなかった。

 このちょうど2か月あとの7月29日午後、参院選の投票がまだ行われているなかで、メディアの出口調査によって自民党が30議席台にとどまることが、はっきりしてきたとき、森喜朗、青木幹雄、中川秀直の3氏が協議し、安倍さんの辞任やむなしとして総裁選を通じて福田政権をつくる方向をすでに基本的には決し、古賀誠さんや山崎拓さんと連絡をとった。

 これを古賀派のルートから麻生さんが素早くキャッチして、直ちに行動を起こし、首相公邸に駆けつけて、安倍さんに「福田さんは、拉致被害者5人を北へ返そうと言った人だ。福田政権をつくらせちゃ駄目だ。あなたは続投するべきだ」という趣旨で説得した。

 ここまでの麻生さんの動きは、見事だったと言っていい。
 党内の他派閥の内部から情報を収集する能力、迷いのない決断と行動力で、まさしく安倍さんを支えて、安倍・麻生体制の基礎をあっという間につくった。

 ところが、そのあとの麻生さんに、遺憾ながらいくつかの誤算が生じた。

 ひとつには、森さんらの憤怒を甘くみたと言わざるを得ない。
 安倍さんは、恩義を忘れないひとだから、自分の辞任へ動いた森さんであってなお、自分を育ててくれた人物として敬意は払っていた。
 側近たちは「森さんらがいったん、安倍退陣で動き出したことを、怨んではいないようだった」と語る。
 安倍さんらしいといえば、まことに安倍さんらしい。

 だから森さんの周辺が、この時点からすでに「麻生に気を許し過ぎちゃ駄目だ。政権を乗っ取られてしまうぞ」と安倍さんに吹き込んでいったとき、まったく聞き耳を持たないというよりは、次第に、そうかもしれないという表情も、かすかにではあるが、みせるようになったという。

 麻生さんは、しっかりと安倍さんと手を組んでいるつもりだっただろうが、裏側では、安倍さんの麻生さんを見る眼に変化を起こさせるための動きが進んでいた。
「そうだねぇ、麻生に気をつけろと、町村派の誰が安倍総理に吹き込んでいようと、麻生さんは意に介さなかった。麻生さんの明るい、おおらかな性格という長所のためでもあり、わりあい油断しやすい短所のせいでもある」と、町村派内で福田さんと距離を置く議員は話している。

 次の誤算は、まさしくこれである。
 麻生さんは、安倍さんにゆっくりと疑心暗鬼の思いがきざし、、そのために尋常ではない深い孤独感に苛(さいな)まれはじめていることに、あまり気づいていなかったようだ。

 安倍側近のひとりは言う。「安倍さんが麻生さんをちらりと見る目つきとかね、ああ、なんだか今までとは違うなぁと思ったけど、麻生さんは気にしている様子がなかった」

 安倍さんはそうしたなかでインドを含むアジア歴訪の旅に出て、麻生さんとは電話連絡だけになった。そして、内閣改造、党人事に向けた準備が進んでいった。

 前述したように、このインドで心身の調子はずいぶんと悪化した。
 日本にいた麻生さんにも、その様子はかなり伝わっていたようだ。
 このあたりでは、麻生さんの情報収集はちゃんと行われていた。

 だからこそ麻生さんは、その安倍さんの心身の不調を知るにつれ、人事に積極的に、てきぱきと意見を述べるようになった。メモの作成もあった。
 総裁派閥の町村派のなかでは、思想として福田さんに遠く、麻生さんに近かった議員をも含めて、これで麻生さんへの不信感が一気に高まってしまった。

 このあたりが第三の誤算だ。
 安倍さんの万一を考えるなら、町村派の議員たちをむしろ真っ先に、全体として味方に付けておくべきであり、不信感を広げてしまったのは、まったく逆のことであった。
 もともと町村派のなかで、福田さんがそう人望があったのではなく、町村さん自身も安倍さんが辞任した直後には出馬を考えていたから、町村派には、さまざまな選択肢があった。その中に「麻生支持」という要素を、麻生さんはつくっておくべきだった。

 それでも安倍さんは、幹事長に予定通りに麻生さんを起用し、麻生さんの進言も容れて、官房長官は与謝野さんとし、防衛、外務、厚生労働といった主要閣僚は安倍さんがみずから決め、安倍改造内閣、麻生執行部の自民党が無事にスタートした。
 8月下旬である。

 旧安倍派にいた古参代議士は、わたしに言った。
「そのためにむしろ、麻生さんは致命的に油断したね。安倍は、拉致強硬派の親友たちを、閣僚や首相補佐官には起用できなくとも、党でしっかり処遇して、味方がしっかりといてくれる態勢を望んでいることに、あまり気づかずに、とにかく世間や党内から友だちとみられている人間を、どんどん外していった。安倍のお父さんの代から、晋三さんと長年つきあってきたわれわれからすれば、麻生さんが乗っ取ったようにみえるし、晋三さん自身も、急速に不安感を強めていったことに、麻生さんは気づいていなかったな」

 麻生さんにすれば、友だちをもはや安倍さんの身辺に置かないことが、むしろ安倍改造内閣を強化すると、思慮したのだろう。
 だからクーデター説など、まったく間違っている。
 一方で、安倍さんの極めて信頼する身近な議員からも「これじゃ、麻生さんに乗っ取られたとしか言えない。こんな、みんな、みんな外してしまって、安倍総理は孤立感を深めている」という電話が、わたしにも頻繁にかかるようになった。


▼そして麻生さんの誤算は、中曽根さんという存在を軽くみたことにもある。

 中曽根さんは、安倍政権が人気を失っていった、その過程で逆に「安倍さんは、小泉さんより偉い。小泉さんは、郵政民営化というシングル・イッシューをやっただけだが、安倍さんは戦後政治の見直しをやっている。まさしく保守本流だ」と絶讃し、安倍さんはこれをたいへんに喜んだ。

 やがて安倍さんは、携帯電話で中曽根さんに電話し、アドバイスを仰ぐようになった。
 わたしが官邸の安倍さん側近に電話し、「総理は最近、中曽根さんとばかり電話で話してるでしょう。どうしたんですか」と聞くと、この冷静なひとが珍しく慌てた。
 その後、数日を経て、「安倍総理は、中曽根さんを、最後の心の友だと言っている」という話が、この側近からあった。

 中曽根さんは、インド洋の海上自衛隊の活動中断は、日米同盟を壊しかねない重大事態だとアドバイスした。
 これが安倍さんの「職を賭して」という唐突な発言のベースになったと、わたしはインテリジェンスを総合して考えている。
 また、ブッシュ大統領らに「中断なき継続」を約束する背景にもなったと考えている。

 このことは前にも触れたが、この中曽根さんの思考は、冷戦時代のそれである。
 このアジアでも冷戦構造は、ついにして壊れつつある。
 北朝鮮がアメリカと接近して、冷戦時代のボスであった中国の影響力を削ごうとしているのが、その最先端だ。
 アメリカの要求にはいつだって満額回答をせねばならないという冷戦時代の発想では、むしろ新しい日米関係を築くのに邪魔になる。
 だから安倍さんが、中曽根さんの意を容れて「職を賭して」と発言したのは、遺憾ながら大きな誤りだった。

 麻生さんが、この中曽根さんの動きを充分に、あるいは完全に知っていたのかどうか、今のところわたしには分からない。
 ただ前述したように、麻生さんの党内の情報収集能力は秀逸だから、まったく知らなかったということは、ないようだ。
 そして、麻生さんは、すでに冷戦時代の発想を脱していることを、外相当時に「自由と繁栄の弧」という優れた戦略構想を打ち出したことで、証明している。
 だから、麻生さんはまさしく麻生さんらしく、おおらかに、この中曽根さんの安倍さんへの耳打ちを無視、あるいは軽視したのではないかと考えている。

 だから麻生さん、そして与謝野さんにとっては、海上自衛隊の活動継続は、テロ特措法の延長であるべきと限らず、新法によっても良かった。
 延長なら、小沢さんと談合せねばならず、そのような会談をセットするなら、安倍さんが代わりに首を差し出す話にもなってしまう。
 新法なら、短期間の活動中断は出るが、参院で否決されたあと衆議院の再議決で堂々と活動を再開できる。

 この考えは、ごく真っ当である。
 真っ当だからこそ、麻生執行部は、小沢さんとの談合会談を積極的にセットしようとは、しなかった。
 セットしようとしたのは、どうせ物別れになる公式会談だけ、それを一度だけ申し入れた。
 小沢さんが「会談の申し入れはなかった」と述べたのは、この経緯を指している。

 心身が弱り、麻生さんにも、松岡さんの自死の時や、参院選大敗の時のような、万全の信頼を寄せられず、そのために急速に孤立を深め、中曽根さんを「最後の心の友」として頼っていた安倍さんには、小沢さんとの会談がぎりぎりと真剣には模索されないこと、だからテロ特措法の延長は無理であると確定してしまうことが、不満であり、怒りを含んだ絶望となり、急に新法の路線で代表質問に答えられないということも重なって、代表質問直前の辞意表明という、麻生さんや与謝野さんには理解不能な行動になってしまった。

 辞意表明の直後、麻生さんも与謝野さんも「病気主因説」を会見で明言した。
 これを見ていた、関西テレビの若手アナウンサーが「病気が原因、ということにしてしまいたいみたいですね」と言い、わたしも、そのときはそうかな、と思った。(ただし、放送の中ではない。放送前のスタジオ外で、雑談のなかで出たアナウンサーの発言だから、放送はされていない)

 今は違う。
 麻生さんも、与謝野さんも、そうとでも思わねば、安倍さんの行動を実際に理解できなかったのだろう。

 ここまでは、すべて情報に基づく議論だが、ここでひとつだけ、まったくの推測を書いておきたい。
 推測だからテレビでは述べないが、この個人ブログでは、書いておきたい。

 なぜ入院中の安倍総理に代わる首相臨時代理を置かないか。
 わたしは、それは安倍さんの最後のこだわり、すなわち辞任を病気のせいにしたくないという思いのためではないかと、これは勝手に推し量っている。
 そして、その思いを、麻生さんと与謝野さんが今は理解して、しっかり受け止めることが可能になり、そのために、いわば安倍さんと麻生さんらのウェル・コミュニケーション、相互理解が復活しているのではないかとも、推察している。

 首相臨時代理を置かないこと、そのものには、わたしは危機管理の専門家の端くれとして異論はある。
 しかし同時に、やがて、国家主権の回復を再び掲げる政権を樹立するためには、この理解回復が、素晴らしいベースになることも、深く祈っている。


▼経緯の分析の最後に、麻生さんの最後の誤算にも触れねばならない。(以下は、再び、情報に基づく議論です)
 それは、小泉さんの動きをめぐる誤算だ。

 小泉さんについては、麻生さんはちゃんと注目していたと思われる。
 だからこそ、総裁選の日程を短くしようとした。
 これが誤算であり、この焦りが党内の反発を掻きたて、代議士会で小泉チルドレンから麻生幹事長が公然と批判される直接的な原因になった。

 そして小泉さんは、短期勝負とみたからこそ、あっという間に決断した。
 それは、平沼さんの無条件復党、すなわち郵政民営化反対のままの復党をさせない福田さんへの全面支持であり、もはや拉致問題は一顧だにしない決断であった。
 平沼さんの無条件復党へ動いていた麻生さんは、その一点だけで、小泉さんを福田さんの庇護者にしてしまい、それが町村派を福田支持でまとめ、最大派閥の町村派が素早く固まったために、勝ち馬に乗る派閥が相次いでしまった。

 郵政民営化の造反組、反対者の復党は、麻生さんだけが志向したのではなく、安倍さん自身も志向した。
 だから小泉さんにとって、安倍さんが後継者であった時代はとっくに終わっていた。したがって、小泉・安倍・麻生と続く後継政権をつくる意志は、もはやカケラもなかったのである。
 麻生さんは、残念ながら、その小泉さんを完全には読み切っていなかった。


▼こうやって今日、9月23日の総裁選で、福田政権が実質的な産声をあげる。
 これによって、国家主権の回復への試みは、いったん確実に頓挫するだろう。

 しかし絶望ではない。
 まず麻生さんの総裁選での健闘によって、拉致問題にちゃんと光があたり、日本国民に国家主権の問題について違う選択肢があることを、深い部分で伝えることができた。
 クーデター説のような愚かな情報操作についても、麻生さんはきわめて冷静に対処し、国を率いる危機対処能力の素質を持つことを証明した。

 あとは今日、麻生さんが少しでも多くの票を取り、明日につなげることを祈るばかりだ。
 ほんとうは、安倍さんが両院議員総会に現れ、麻生さんに投票すると明言してくれることを夢想した。

 もちろん、それはかなわず、安倍さんは黙って、病室で不在者投票を済ませた。
 しかし、安倍さんが辞意表明によって憑き物が落ちて、麻生さんと志を共有する信頼関係に戻っている、あるいは戻りつつあることを、ほのかに感じる。
 安倍さん、麻生さん、それぞれの誤算によって生まれた、誤解、それが溶ける時機が来ていることを、かすかに感じる。

 安倍さんの辞意表明の主因は、まさしく、あまりに深い孤立、孤独であった。
 国家主権のフェアな回復、それを安倍さんは「戦後レジュームからの脱却」と呼んだ。
 それを進めようとする時に立ち現れる、巨大な壁、その壁を打ち破ろうとしたときに直面した孤独と孤立は、あえて申せば、貴重な孤独でもあった。

 わたしたちの祖国が主権をほんとうに回復するのは、これほどまでに厳しい道のりであることを、志を同じくする者は、政治家であれ市民であれ、それは関係なく、この安倍さんの孤立による挫折でむしろ学んだのだ。

 これからの10年、このあとの10年だからこそ、国家主権の公正な回復という根っこの志を共有できるひとびとは分裂せず、連帯する、団結する、それが、たいせつではないだろうか。



 青山繁晴 拝
 講演まえの出雲にて 徹夜明けの朝 2007年9月23日午前8時45分

資料 麻生支持者

9 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2007/09/21(金) 21:29:19 ID:9NXWL8ch
TVQ、麻生支持者のコメント
鳩山邦夫法務大臣
「麻生氏の魅力は底知れない。必ずや日本を率いるリーダーになれる人間だと信じている。」
中川昭一前政調会長
「福田氏は卑怯者だ。安倍政権のころは何もしなかったくせに今頃出てきて何様だ。
古賀元幹事長や山崎前副総裁など論外。彼らは安倍政権の時はキャンキャンとわめきたてて口を開けばひたすら
”批判”だけ。対案について聞けば口を閉ざしてただ”批判”に終始。こんな人間が幹事長とか外務大臣とか
要職に就けば日本は終わる。(伊吹会長の、「麻生推薦人の我が派の支持者は名を貸しただけ。」について)
知らぬは伊吹会長だけということでしょう。まあ結果は開けてみれば分かる。志帥会は麻生氏支持が実は多い。」
甘利明経済産業大臣
「安倍改革は中途だ。ここで終わらすべきではない。麻生氏は安倍氏の最も信頼していた
人間だ。クーデターがどうだとか荒唐無稽な噂が流れているがそんなことは無い。私や中川前政調会長、
菅選対総局長などが麻生氏を支持している点から見てもそれは明らか。安倍氏の改革を継承できるのは
麻生氏。福田氏は安倍氏とは元々全然違う考えだし、それを支持している古賀元幹事長などは安倍政権
の時は何もしなかったくせにいまさらコソコソ出てきて権力中枢を握りたいなど泥棒同然だ。」
三原朝彦氏(津島派)
「福田氏など過去の遺物。麻生氏は少なくともここ数年で、政調会長や総務大臣・
外務大臣などを歴任して幹事長まで務めてきた。現状を良く認識している。適任だろう。(古賀氏や山崎氏
について聞かれて)同(福岡)県の議員が県連に圧力をかけて福田支持を求めているようだがこんな酷い
ことは前代未聞。安倍政権下何も手伝おうとしなかったくせに何を考えているのやら。」


福田政権で実現する政策
・外国人参政権
・人権擁護法案
・国立追悼施設
・皇室典範改正、女系天皇推進
・東アジア共同体
・拉致問題棚上げ、日朝国交正常化
・中国ODA復活
・戦争謝罪決議
・東シナ海ガス田日本側の部分のみ共同開発
・中国人留学生増加
・中国の尖閣諸島侵攻→放置
・日本海→東海
・北京オリンピック天皇訪中

資料 小沢一郎 参政権

http://ozawa-ichiro.jp/policy/05.htm
小沢一郎ウェブサイト
政策とオピニオン

スローガンと政策のTOPへ戻る



 永住外国人の地方参政権について、改めて皆様に私の考えを申し上げます。

 公の政治に参加する権利―参政権―が国家主権にかかわるものであり、また、国民の最も重要な基本的人権であることに間違いはなく、その論理は正当であり、異論をさしはさむ気はまったくありません。ただ、政治的側面から考えると、主として永住外国人の大半を占める在日韓国・北朝鮮の人々は、明治43年の日韓併合によって、その意に反して強制的に日本国民にされました。すなわち、日本が戦争によって敗れるまでは、大日本帝国の同じ臣民でありました。日本人としてオリンピックに参加し、日の丸を背負い金メダルを取っています。また、日本のために多くの朝鮮の方々が日本人として、兵役につき、戦い、死んでいきました。このような意味においては、英連邦における本国と植民地の関係よりもずっと強く深い関係だったと言えます。私達はこのような歴史的な経過の中で今日の問題があることを忘れてはなりません。

 法案に反対する人達の多くの方の主張は「そんなに参政権が欲しければ帰化をして日本国籍を取得すればいい」という考え方があります。私もそれが一番いい方法だと思っておりますし、また在日のほとんど多くの人々の本心であると思います。

 しかし、このことについては日本側・永住外国人側双方に大きな障害があります。日本側の問題点からいうと、国籍を取得する為の法律的要件が結構厳しいということと同時に、制度の運用が、(反対論の存在が念頭にあるせいなのかはわかりませんが)現実的に非常に帰化に消極的なやり方をしています。例えば、刑事事件とならない軽い交通違反(スピード違反・駐車違反等)を起こしただけで、余分に何年もかかっているのが現実です。これらの状況を日本の側として考えなければなりません。

 一方、永住外国人のほとんど多くの人は日本で生まれ育って、まったくの日本人そのものであり、その人達が日本人として生涯にわたって生きていきたいと願っていることは、紛れもない事実だと私は思います。ただ、過去の併合の歴史や、それに伴う差別や偏見に対して心にわだかまりがあるのも事実なのです。

 我々日本人は、両国両国民の数千年の深い繋がりと友好関係を考えなければなりません。また、近い将来日韓両国は、EUや北米大陸の例にあるように、自由貿易を柱とする共同体構想が現実のものになると思います。今こそ、日韓両国民がお互いにわだかまりを捨て、将来に向けて信頼関係を構築していくことが、両国と両国民の繁栄のために必要不可欠なことであると考えます。

 しかし両国が主権国家として存在する以上、地方参政権の問題は、政治論の側面からだけではなく、法的・制度的にも許容されるべきものでなければなりません。

 永住外国人に地方参政権を与えることについての国際社会の状況は、アメリカをはじめ未だ多くの国が、国籍の取得を要件としているのは事実であります。しかしながら、例えば日本の場合と状況が似ている英国では、かつて植民地支配した英連邦出身の永住権取得者に対して投票する選挙権だけでなく、立候補できる被選挙権まで与えています(地方選挙)。北欧の国々では一般的に永住権取得者には地方参政権を与えており、また、EU域内では、「お互いに永住権を取得した者には地方参政権を与えよう」という方向で制度の改正が行なわれつつあります。このようなことを考え合わせれば、地方参政権の付与が主権を侵害する、或いは主権国家としての日本の存在を脅かすものであるという主張は、必ずしも今日的な社会の中で、絶対的なものであるとは言えないと思います。したがって私は永住者に対する参政権の付与は、憲法上・制度上許容されるべき範囲のものであると考えます。

 以上のような政治的側面、制度的側面双方から考え合わせ、一定の要件のもとに地方参政権を与えるべきだと考えます。そして、そのことにより日本に対するわだかまりも解け、また、結果として帰化も促進され、永住外国人が本当によき日本国民として、共生への道が開かれることになるのではないでしょうか。

※補足
 この問題につきましては、意見が多数寄せられ、少数の方からの反対意見が寄せられたので、さらに補足として申し上げます。

反対意見に、「北朝鮮に支配されている北鮮系の総連の方に、地方参政権を与えるのはとんでもない」という意見がありましたが、我々自由党では国交のない国(北朝鮮等)の出身の方は参政権付与の対象にしないという考えです。


国政を預かる政治家として、ホームページ上で自分の考える全てのことを申し上げることはできませんが、この問題は主として、在日の朝鮮半島の方々の問題であることからあえて申し上げます。もし仮に朝鮮半島で動乱等何か起きた場合、日本の国内がどういう事態になるか、皆さんも良く考えてみてください。地方参政権付与につきましては、あらゆる状況を想定し考えた末での結論です。


この問題につきましては色々な意見があり、少数の方々ではありますが中には、もう自由党を支持しないという方もおられます。私の意見のどこがどういう理由でだめなのか、明確な指摘のもと、ご意見を賜れば幸いです。

 私はこれからも「日本一新」を目指し、タブーなき真の改革を実現していくため全力を尽くして参りますので、皆様におかれましては何卒ご理解を頂き、ご支援を賜わります様よろしくお願い致します。


資料 久間発言 核 支那韓国

くらし新事情
企業と経営者のこれからを問う
消費と産業の深層を探る
少子高齢社会を斬る
ハイテクと社会
21世紀の米外交と国際情勢
日本経済 改革のゆくえ
首相官邸コンフィデンシャル
アジアが変える日本
M&Aと経営改革の潮流
マーケティング考現学


身の丈の消費経済論

・田中陽


モノづくりと中国

・後藤康浩





・政治・風向計

・日経ニュース解説(映像)






鈴置 高史 編集委員

※意見投稿には日経メンバーズクラブの会員登録が必要です。

中韓から見た「原爆投下容認発言」(2007/7/27)



記者会見で辞任を表明する久間防衛相=7月3日
 久間章生前防衛相の原爆投下に関する「しょうがない」発言。「平和勢力」や「民主勢力」からの批判によって久間氏は辞任に追い込まれた。だが、本来なら、安全保障を重視する「保守勢力」こそが批判の先頭に立つべきではなかったか。この発言は「今後、日本に対し少々手荒な行動に出ても、理由さえつけば日本は文句を言わない」と考える国を生みかねないからだ。

「ついに、認めましたね」


 原爆投下容認発言は中国や韓国でも日本で考えられる以上に大きく報じられた。もちろん「被爆者の気持ちを傷つけた」とか「日本の核廃絶努力を無にする」といった、日本で語られた理由とは全く異なる。

 「日本の被爆者の気持ち」に中国や韓国のメディアが思いを致すことはない。そもそも「日本が核廃絶運動を繰り広げている」という認識は海外では薄い。

 「ついに、認めましたね」。

 久間発言に関し、示し合わせたかのように何人かの中国や韓国の知識人から同じ言葉をかけられた。彼らにしてみれば、広島と長崎への原爆投下は自国を戦勝に導いたり、植民地からの解放をもたらした「正義の核」だ。そんな彼らにとって「唯一の被爆国」という日本の物言いは「被害者になりすまし、侵略戦争を糊塗する不当で不愉快な主張」だった。

 多くの中国人や韓国人は、久間前防衛相の発言を「被害者であるとの不当な主張をようやく取り下げ、正義の爆弾投下を遅ればせながら認めた発言」と理解した。だからこそ、中韓のメディアは大きく取り上げたのだ。久間発言をとらえる視覚が、日本のそれとは百八十度異なることに注意を払う必要がある。

 なお、「平和勢力」の多くの人は、アジア人のこうした見方に対し以下のように語ることが多い。「日本の戦争責任に関しては我々も意見を同じくする。だから後は、彼らに核兵器の悲惨さを理解してもらえば、共に核廃絶に立ち上がれる」。だが、過去も期待ほどにはそうならなかったし、たぶんこれからも同様だろう。


「過去は過去」で終わらない


 久間発言の危うさは、日本以外の世界では「過去は過去」で終わらないことを認識していないことにある。「しょうがない」発言の直前の「あれで戦争が終わったんだ」という言葉からして、久間氏は「戦争も原爆投下も、昔の話」という意識で語ったのだろう。

 だが、中国人や韓国人には「過去を水に流す」発想はない。むしろ「現在は過去によってもたらされた」と考え、現在の問題を自らに有利に運ぶために「過去を目いっぱい利用する」のが基本的な行動原理だ。

 「理由があれば自国への原爆投下も認める」と宣言した日本に対しては、それが「過去」を巡っての発言であっても、「将来の」日本への核、あるいは非核攻撃の心理的障壁を大きく減らすだろう。日本人が、ことに防衛相がそう公言した以上、他国からの軍事行動を今後も日本は「しょうがない」と受け入れ、反撃してこない可能性がある、との期待が成り立つからだ。

 久間氏は「理由なしに原爆投下を認めたわけではない。原爆投下は戦争終結という正当な理由があったから『しょうがない』と語ったのだ」と弁解するかもしれない。

 だが、理由はいくらでもつけられる。例えば、韓国にとって竹島とは「韓国領なのに日本が不当に領有を主張する問題」であり、中国にとって尖閣列島とは「自国領土なのに日本が不当に占拠している問題」だ。世界にはもっと小さな理由で戦争が始まることがいまだ多いのだ。


「拉致は歴史」


 いくら何でも、「理由があれば、攻撃されてもしょうがない」と思うほど日本は「お人よし」だろうか――。

 こう思う日本人が多いだろう。でも、外から見ると、日本はそう思われてもしかたないほどに相当な「お人よし」だ。

 例えば、2003年当時の外相、川口順子氏。同年4月、「家族をばらばらにしたのはだれですか」との拉致被害者の問いかけに対し「いろんな複合的な力だろう。それが歴史ということだ」と答えた(「日本が拉致被害者を取り戻すには」2003年12月19日参照)。

 北朝鮮の犯行を「歴史」の一言で片付けたのは「北朝鮮の機嫌を損ねると拉致は解決しないと思った」(日本の外交官)のであろう。だが、「これを含めた日本の外務省の姿勢から、その弱腰を北朝鮮に見透かされてしまった」(拉致被害者関係者)。

 北にとってこれほど歓迎すべき発言はなかった。人質を返さないで置けば、日本は北の言うことを聞き続けると想定できたからだ。自らに利するために他人の過去を厳しく糾弾するのが常道の国にとって、自らの間違った過去を指摘もしない国は実に御しやすい。

 日本政府の顔たる外相自らが「何の疑問も持たずに北を利した」(同)。久間氏や川口氏だけではない。日本の政治家は日本への誤った判断を加速する数々の「実績」を積み重ねてきた。

 「自国の権利を守ってくれるのは自分以外におらず、言うべきことは言っておかないと自国の権利は誰からも尊重されなくなる」という世界では当たり前のルールを知らない政治家で日本は溢れている。そして、いくつかの周辺国はそれに気がついて、すでに彼らを十二分に利用しているのだ。


変化する軍事バランス


 「久間発言が日本の安全保障を毀損する発言だとしても、戦争誘発の可能性まで言い募るのは過剰反応ではないか」――。

 日本人、ことに「平和勢力」や「民主勢力」からはこんな疑問が呈されるだろう。確かに、少し前までならそこまで神経を払う必要はなかったかもしれない。だが、ここ5年で、日本を取り巻く安全保障の環境は大きく変化した。

 まず、軍事バランスの劇的な変化だ。中国や韓国は経済成長とともに軍事力、ことに海・空軍力を急速に強化している。これに加え、米国と日本の「海洋勢力連合」が弱体化しつつあり「領土紛争に絡んだ小規模なものなら、日本が攻撃を受けても米国は日本を助けないのではないか」との見方も広がっている。中東に足をとられた米国が「悪の枢軸」と名指ししてきた北朝鮮と最近、関係改善に乗り出さざるをえなくなったことも、その認識を加速している。

 軍事「能力」に加え「意識」も大きく変化した。中韓両国の経済成長に伴う国家威信の向上は、それぞれの国民に大きな自信を与えた。ことに10年間以上も経済的低迷と政治的な混迷、外交的失速を続けた日本に対しては、軽く見る気分が強まっている。

 中韓ともに、一昔前のように日本から金銭的な援助を貰う必要もなくなった。技術面でも「あと少し」頑張れば追い越せる、という「気分」も広がっている。日本との軍事的緊張への歯止めは大きく減じたのだ。

 韓国の盧武鉉大統領は2005年3月、突如として「日本との外交戦もありうる」と、あえて「戦争」という言葉を使って国民を煽った。同大統領は、日本と戦えば韓国が経済的な困難に陥る、という見方に関して「さほど懸念することはない。我々は耐えうる力を持っている」と述べている。


中韓の高揚感


 最近、中国人や韓国人と話していると「日清、日露で勝ち、さらには第一次世界大戦で戦勝国に回った後の日本人は、こんな心境だったのだろうな」と思うことがしばしばある。特に、日本のアジア専門家の間でこうした観察が増えており、中には「当時の日本人以上の高揚感ではないか」という人もいる。

 植民地、あるいは半植民地に陥った屈辱。そこから脱して先進国に追いついた、あるいは追いつき、追い越せるとの自信。これらがあいまってもたらす「今、自分は我が国の歴史的な勃興期を生きている」との誇り。こんな彼らの心境を日本が十分に理解したとはとてもいいがたい。

 この高揚感を背景に「いずれ、我が国は経済力でも軍事力でも米国を越える」と言い切る中国人が出てきた。それは最近、中国で急速に浮上する海洋国家論と表裏一体をなす。米国のように海を制さない限り成長は限界に達する、との発想で、当然、米国との軍事的対決をも念頭に置く。

 韓国でも、冗談半分にしろ「どこかと戦争して勝てば、我々も日本人のような自信を持てるのだが」と語る人が出始めた。盧武鉉大統領の日本との外交戦争発言も、そうした「気分」が背景にある。

 冷戦期と比べ、核兵器を使った全面戦争の可能性は小さくなった。だが、「島のひとつか二つ」を強襲して占有する領土紛争型、あるいは海洋調査を引き金にした小競り合い、つまり「手軽な戦争」の可能性が増している。冷戦体制の終結とともに「小競り合い」が全面戦争を引き起こす可能性は小さくなった、と考えられているからだ。

 さらに、中韓ともに注目すべきは、強まる国際的威信とは裏腹に国内の矛盾が激化し、時には国内対立が激しくなる傾向が見られることだ。国内問題の打開を狙って、政権が「小競り合い」に心を動かされる可能性を見落とすべきではない。

もちろん、こうした大状況の変化が今すぐに軍事的衝突につながるわけではない。ただ、北東アジアで軍事行動への心理的な障壁が低くなっている現実から決して目をそらすべきではない。そんな折に軍事行動を誘発しかねない発言を防衛相が何の躊躇もなくするというのは、非常識そのものだ。


戦争を起こさないためには


 戦争を防ぐのに必要なのは、自国が武力を行使しないことだけではない。他国が武力行使に踏み切る「隙」を作らないことだ。その意味で、これまたあまりに当然なことであって今さら書くことでもないのだが、防衛相たる者は「いかなる理由があろうとも、わが国には指一本触れさせない」という姿勢を示し続けるのが職務である。

 久間氏はその基本的職務を放棄したし、その防衛相を辞任させただけで日本はケリをつけたつもりになっている。日本は世界に向け繰り返し誤ったメッセージを発しているのだ。




2007/10/1 韓国の不安
2007/8/24 「南北」に影落とす「米中」
2007/7/27 中韓から見た「原爆投下容認発言」
2007/6/29 韓国は「民主化」したか
2007/6/4  韓国の情緒の研究
2007/5/9 韓国の反米気分
2007/4/9 北朝鮮の描くシナリオ
2007/3/12 金正日後の北朝鮮――各国の本音
2007/2/14 統一に背を向ける韓国――恐中論が加速
2007/1/17 孤立する韓国
2006/12/8 北の核、3つの近未来
2006/11/10  「崩壊する韓国」
2006/10/11 どう動く?「北朝鮮処分」
2006/9/8 新・華夷秩序と韓国
2006/8/18 始まった分裂と妥協――韓国と日本と
2006/7/26 「韓国の迷走」は止まるか
2006/6/30 日銀総裁の寄付とアジア
2006/6/7 「日本連合の反撃」は成功するか?
2006/5/12 格差を生んだほどの大改革か?
2006/4/3 日本は韓国より「強い」のか
2006/1/18 日本外交の失われた10年
2005/12/7 「人権」がアジアを変えるキーワードに
2005/11/7 異なる道を歩み始めた日韓
2005/10/7 不祥事だけには終わらないNHK問題
2005/9/5 政府のリストラは十分か・総選挙マニフェストの陥穽
2005/7/29 転機に立つ中国経済・「いい会社」が成長を支える時代に
2005/6/29 新しい日韓対立――本質は「歴史」ではなく「核」
2005/6/1 談合と国際分業
<以下は2003年までの掲載分>  
2003/12/25 正気を失ったか、日本
2003/12/19 日本が拉致被害者を取り戻すには
2003/12/12 「ひいきの引き倒し」に困惑した北朝鮮
2003/12/5 北朝鮮の"特区"は「鎖国強化」も狙う
2003/11/28 北朝鮮"改革"の虚実
2003/11/21 「核なき北朝鮮」はありうるか?
2003/11/14 韓国国論の分裂――親北・反米か、親米・反北か
2003/11/7 北朝鮮の核開発を本心から恐れる中国
2003/10/31 米朝核協議は千日手――先送りしても“解”はない
2003/10/24 「黄金の10年」だった?――「坂の上の雲」を再び(12)
2003/10/17 新・松下村塾――「坂の上の雲」を再び(11)
2003/10/10 草の根企業を植える人――「坂の上の雲」を再び(10)
2003/10/3 島根に生まれた「県民ファンド」――「坂の上の雲」を再び(9)
2003/9/26 公務員の首切りなしで改革はできるか――「坂の上の雲」を再び(8)
2003/9/19 中・韓の蘇生も地方が担う――「坂の上の雲」を再び(7)
2003/9/12 6人の知事の反乱――「坂の上の雲」を再び(6)
2003/9/5 下請けの逆襲――「坂の上の雲」を再び(5)
2003/8/29 経営者2分法――「坂の上の雲」を再び(4)
2003/8/22 メッキ屋さんの変身――「坂の上の雲」を再び(3)
2003/8/8 「経営者よ、死ぬな」――「坂の上の雲」を再び(2)
2003/8/1 日本を変え始めた地方――「坂の上の雲」を再び(1)
2003/7/25 「外」で鍛えられた経営者たち――中国から戻った男たち(4)
2003/7/18 立ちすくむ日本に「活」――中国から戻った男たち(3)
2003/7/11 中小企業こそ日本の強み――中国から戻った男たち(2)
2003/7/4 日本も戦国時代に――中国から戻った男たち(1)


▲ 上へ



/ NIKKEI NETについて / 著作権について / プライバシーポリシー / セキュリティーポリシー / リンクポリシー /

日本経済新聞社案内 |本社採用 |日経グループ |日本経済新聞デジタルメディアについて |お問い合わせ |

NIKKEI NET 広告ガイド|新聞広告ガイド|NIKKEI4946.com (新聞購読のご案内)



(C) 2007 Nikkei Inc. / Nikkei Digital Media, Inc. All rights reserved.
http://www.nikkei.co.jp/neteye5/suzuoki/20070725n5a7p000_25.html

資料 靖国に対する言説 左翼

http://img.hani.co.kr/section-kisa/2007/11/15/02102400012007111580_1.jpg

(ニューヨーク)靖国神社は前世紀、日本が行った侵略戦争を肯定する神社だ。靖国神社は国家が願
えば国民は戦争に行かなければならないし、他の国を攻撃しなければならないし、その渦中で死ぬこ
とを美しい事だと教える。神社は戦地に連れて行かれて死んだ人々を日本を守った‘神さま’と顕彰
し、彼らの行いを天皇と日本のためだ、という命題の下、正当化する。

右傾化したメディアが共犯だったら、このような神社が今まで生命力を維持してるのは誰の責任だろ
うか。その質問に答えるために韓国・中国・日本・アメリカの学者たちが11月8日、米ニューヨーク、
コロンビア大学に集まって「人権・文明・平和の目で靖国を見る」を主題にシンポジウムを開いた。

靖国神社が生き残ったのはアメリカが‘天皇制’を残しておいたからだ。マーク・シェルドン、米コ
ーネル大学教授は「米国の責任論」を提唱した。彼は「戦争が終わった後、日本を占領した連合軍司
令部は、日本占領政策を順調に進行するために、日本の‘天皇制’を廃止しなかった」と述べた。

天皇制が廃止されなかったから、これを支える柱である靖国神社もそのまま残った。ただ神社の性格
が国家施設から独立宗教法人に変わっただけだ。アメリカがなぜ天皇の戦争責任を兔除したのかにつ
いては、すでに多くの研究が行われて来た。東京で開かれた極東国際戦犯裁判で、天皇は戦争を始め
ることも、終わらせることもできなかった‘繰り人形’になるやり方で戦争責任を避けた。東條英機
総理が「日本人の誰も天皇の意に反して行動できなかった」と証言したが、「天皇が願ったことは平
和」と言いながら、たちどころに証言を変えてしまった。

このすべてが可能だったのはダグラス・マッカーサー日本占領軍司令官の協助があったからだ。ペリ
ー・フィッシャー米弁護士は「アメリカで靖国神社問題を申し立てることは、アメリカが持っている
東アジアの歴史観に、一大革新を与えるようになる」と述べた。浅野健一同志社大メディア学科教授
は、日本国内で靖国神社に対する認識が退行するようになった理由として「メディアの右傾化」をあ
げた。彼は「日本のメディアが小泉前総理の六回にわたる靖国神社参拜を肯定し、憲法違反の共犯者
になった」と述べた。(中略=靖国と国家神道のの説明)

浅野教授は「日本を代表する二つのメディア(朝日と読売)の変質で、日本国内で‘靖国問題=近隣諸
国の反発’という図式が完成された」と述べた。そのため外国の反発がなければ靖国神社の問題はな
い、という認識が広がるようになった。彼は「靖国神社が歴史観を直さないのは、ジャーナリズムが
機能しないから」と断定した。

それよりもっと重要なのは日本人が自らの歴史認識を変えたことだ、という主張も出た。朝鮮人合祀
者たちの合祀撤回訴訟を先導する内田雅敏弁護士は「靖国神社問題の本質は歴史認識」と強調した。
彼は「(靖国神社が)戦争後、民間宗教法人になったが、今も昔のようなやり方で意識が続いている。
結局、最大の問題は日本人自信」と述べた。「アメリカでシンポジウムを開いているが、この問題は
日本人自ら解決しなければならない。外圧によって問題を解こうとするのは恥ずかしい事だ。」

徐勝(ソ・スン)立命館大教授は韓国政府の責任論をあげた。彼は「私たちのご先祖が、靖国神社に
日本を守る神さまとして祭られて日本ミリタリズム復活に利用されているが、政府次元でこれを放置
し、公式的な問題にした事がない」と述べた。「靖国神社に朝鮮人が祭られていることは、日本がま
だ韓半島(朝鮮半島)を自分の植民地と見ているから」とし「政府が直接乗り出してこれを外交争点
化しなければならない」と主張した。アメリカを説得するための‘靖国反対共同行動’(以下共同行
動)の闘いはどんな実を結ぶだろうか。
(後略)

ソース:(韓国語)
[靖国キャンペーン]「日本人自ら歴史認識を変えなさい」韓・中・日・米学者たちが
コロンビア大学で進行したシンポジウム‘人権・文明・平和の目で靖国を見る’
http://www.hani.co.kr/section-021024000/2007/11/021024000200711150685029.html

関連スレ:【米国】韓人、靖国神社合祀反対キャンペーン展開[11/2]
http://news21.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1194000145/


資料 日本の安全保障

中国の台頭に対応、政府が「防衛大綱」抜本改定へ
4月20日3時2分配信 読売新聞


 政府は19日、日本の防衛政策の基本指針となる「防衛計画の大綱」を5年ぶりに抜本的に改定する方針を固めた。

 中国の軍事力の増強が将来、日本の安全保障を脅かしかねないことから、10年後までを視野に入れた新大綱で、中国軍の軍拡に対応した防衛力整備を明記する必要があると判断した。一連の不祥事を受けた防衛省改革も反映させる。政府は年内にも、有識者会議を設け、来年末の閣議決定を目指す。

 防衛大綱は、国際的な軍事情勢や防衛政策の基本方針、防衛力整備の水準などを盛り込んだもので、国際情勢の変化に合わせて改定されてきた。冷戦中の1976年に初めて策定された後、冷戦終了後の95年、弾道ミサイルやテロの脅威が課題となった04年にそれぞれ改定された。

 政府はこれまで現大綱の部分修正を検討してきたが、中国の軍事力増強などに備えた抜本改定の方向となった。

 中国は、最新鋭の戦闘機や新型潜水艦、弾道ミサイルの積極的な配備など、日本が当初想定したペースを上回る軍拡を続けている。新大綱では自衛隊の対潜能力やミサイル防衛の強化などが課題になると見られる。

最終更新:4月20日3時2分
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080419-00000053-yom-pol


profile

冷凍力

  • Author:冷凍力
  • ニュース・コメント・ブログ「膳所狒々新報」主筆。
    立ち位置は外交安保教育刑事分野で右、社会経済分野で左。
    一応貴族で爵位は猴爵およびシーランド公国男爵。
    膳所の某所山奥に在住の好色酒好き秘湯ヲタの絶倫狒々(冷凍力)が戯言を宣います。キーワードは是々非々(部分否定・部分肯定/全否定・全肯定)。
    別荘は西九州。
    最近のマイ・ブーム・・・リョーユーパンのマンハッタン、湖池屋のカラムーチョ・スティック、キリンのストロング・セブン、Wエンジン、COWCOW、鈴木Q太郎(ハイキング・ウォーキング)のヤマタイコク(ヒミコサマ)、神戸蘭子、寺田ちひろ、佐々木希、新妻聖子、喜屋武ちあき、浜田翔子、中村静香、杉原杏璃・・・等々。


hot topic
comment
trackback
category
calendarchive

12 ≪│2007/01│≫ 02
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -

notice



200712~200803および200812~200908中は超多忙につき新規アップを休んでます。後にこの時域も資料室ゾーンになるかもしれません。

この前間違って過去のトラック・バックをいくつか消してしまいました。送ってくれた方々様申し訳ございませんでしたm(__)m。

本ブログの200609~200707の間は資料室ゾーンとなっております。現実の日付に関係なくほとんどの資料(本来的には自分用)をこの辺の時域に適当に振り分けてあります。他の時域にも散発的に資料オンリーのエントリーはあります。200609以前のエントリーは客観的資料と主観的感想がない交ぜで分野超越の普通の時事エントリーとなっております。
ブログランキングバナー

featuring

大高未貴

大高未貴の世界見聞録
http://www.miki-otaka.sakura.ne.jp/
ジャーナリスト・ルポライター・キャスター
歯に衣着せぬ鋭い発言と体当たりの行動力、さらに1994年度ミス日本国際親善の美貌。現在国内最強クラスの若手国際ジャーナリスト。ところで、サイトバナー早く作ってくれろつか自分で勝手に作成したw。結婚して☆。
「世界エトランゼ街道 魔都の封印を解け! 」新発売!


アニメ「めぐみ」ダウンロード

assertion

今や朝日新聞を筆頭とする内外反日ファシストたちが協同して捏造した今世紀最大規模の対日歴史偽造ということが明白になってきた。このような反日プロパガンダを断じて許しておくわけにはいかない。
日本に”思想警察”を誕生させてはならない。この法案はそうなる可能性を秘めている戦後最悪の危険な法案である。
敵性傾向の濃厚な国内最大規模の一部外国人集団に国家統治権の一部たる地方統治権=外国人参政権を付与するという日本開闢以来最悪の愚挙を断じて許してはならない。これは正真正銘真正の売国行為であり、100%違憲行為である(某傍論のごときアタマノイカレタトンチキ理論は完全除外)。

特亜政府地方参政権保持特別永住者地方政府日本政府

search

link
mail

名前:
メール:
件名:
本文:

RSSfeed
show all articles
QRcode

QRコード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。